林子平墓前作 | ||
伊藤博文 |
||
昇平三百年, 擧世高枕眠。 海内幾多士, 君獨着先鞭。 日本橋頭水, 遠連龍屯天; 邊防豈可忽, 牢艦非漁船。 精神凛如見, 格言千古傳。 我來弔墳墓, 懷古涙潸然。 |
林子平の碑(平成二十二年九月撮影) |
昇平 三百年,
世を擧 げて 高枕して眠る。
海内 に幾多 の士あれども,
君獨 り先鞭 を着く。
日本橋頭 の水は,
遠く龍屯 の天に連なり;
邊防 豈 忽 にす可 けんや,
牢艦 は 漁船に非ずと。
精神凛 として見るが如く,
格言 千古に傳 へん。
我來 りて 墳墓に弔 へば,
懷古 涙潸然 たり。
*****************
◎ 私感註釈
※伊藤博文:政治家。天保十二年(1841年)〜明治四十二年(1909年)長州藩出身。幼名利助。後、俊輔。号は春畝。松下村塾に学び、木戸孝允に従い、尊王攘夷運動に参加。後、討幕運動に従って、維新政府樹立に貢献した。欧州よりの帰国後、華族制度、内閣制度の創設、大日本帝国憲法・皇室典範制定、枢密院設置など、天皇制確立のために努力。明治十八年(1885年)、初代総理大臣・枢密院議長となる。日露戦争後、初代韓国統監となり、併合強化への一歩を踏み出した。明治四十二年(1909年)、満洲視察と日露関係調整のため、渡満の際、ハルビン駅頭で韓国人・安重根に暗殺された。詩集に『藤公詩存』(明治四十三年 博文館)がある。
※林子平墓前作:林 子平 の墓前での作。 ・林子平:江戸時代中期の経世家。海防の重要性を説いた人。元文三年(1738年)〜寛政五年(1793年)江戸の人。名は友直。字は子平。号は六無斎。江戸に遊学して蘭学者と交わり、長崎に遊学して海外事情に通暁して、海防の重要性を説き、『海国兵談』『三国通覧』を表し、『海国兵談』では「江戸の日本橋より唐阿蘭陀迄境なしの水路」であると述べた。ために罪に問われた。江戸、仙台で活躍する。その墓は現・仙台市青葉区子平町の龍雲院にある。
明和八年
(1771年)ベニョフスキー、阿波・奄美大島に漂着、ロシアの対日侵寇を警告する。 安永七年
(1778年)ロシア船が蝦夷地圧岸に来航、通商を求める。 天明六年
(1786年)ロシア人、千島に来る。 『海国兵談』を著す。 寛政三年
(1791年)『海国兵談』を出版す。 寛政四年
(1792年)ロシア使ラクスマン光太夫を伴い、根室に来り通商を請う。
幕府、林子平に蟄居を命じ、『海国兵談』を絶版とする。
江戸・林子平の『無題』に「海外萬國布如星,覬覦切奪他政刑。廟堂曾無防邊策,爲説海防濟生靈。」とあり、江戸・頼杏坪に『思林子平事』「北夷消息近如何,聞道戎王詐力多。取酒誰澆子平墓,世間空唱六無歌。」がある。
※昇平三百年:平和な治世の三百年で。 ・昇平:世の中がおだやかによく治まっていること。衰乱時代から抜け出て、太平に至るまでの登り坂の平和時代。=升平。≒太平。 ・三百年:徳川時代。元和偃武(慶長二十年/元和元年(1615年)の大坂夏の陣での豊臣家滅亡以降〜幕末まで。或いは応仁の乱以降〜幕末までの間。
※挙世高枕眠:世間全体が枕を高くして安心して眠っている。 ・挙世:世間全体。世の中すべて。 ・高枕眠:安心して寝ること。心やすらかに寝ること。枕を高くして眠ること。
※海内幾多士:国内には、たくさんの人物がいたが。 ・海内:国内。天下。初唐・王勃の『送杜少府之任蜀州』に「城闕輔三秦,風烟望五津。與君離別意,同是宦遊人。海内存知己,天涯若比鄰。無爲在岐路,兒女共沾巾。」とある。 ・幾多:たくさん。あまた。また、どれほど。どのくらい多数。
※君独着先鞭:あなただけが、真っ先にとりくんだ。 ・君:あなた。きみ。ここでは、林子平を指す。 ・独:ひとり。 ・着:(先鞭を)つける。=「著」。 ・先鞭:ある物事に、だれよりも先に着手すること。真っ先にとりくむ。他人より先に馬にむち打って、さきがけの功名をする意。『晉書・劉琨伝』の「吾枕戈待旦,志梟逆虜,常恐祖生先吾著鞭。」による。
※日本橋頭水:(江戸の)日本橋の水は。 ・日本橋頭水:(江戸の)日本橋の畔の水。林子平は『海国兵談』で「江戸の日本橋より唐阿蘭陀迄境なしの水路」であると述べている。
※遠連竜屯天:遠くロンドンの空(の下)にまで通じている。 ・連:つらなる。 ・竜屯:ロンドン。イギリスの首都。 ・天:そら。
※辺防豈可忽:国境の防備は、どうしておろそかにできようか。 ・辺防:辺境の防備。国境の防備。国の護り。 ・豈:あに(…や)。どうして…か。反語表現。 ・可忽:おろそかにしていい。ゆるがせにしていい。 ・忽:おろそかにする。ゆるがせにする。
※牢艦非漁船:堅牢な軍艦は、漁船ではない。 ・牢艦:堅牢な軍艦。 ・非:…ではない。名詞などの事項の前に附く。
※精神凜如見:(林子平の)精神は、きりっとして身のひきしまるさまがまざまざと感じられ。 ・凜:きりっとしたさま。身のひきしまるさま。寒さの厳しいさま。
※格言千古伝:真理を述べた金言を、永遠に伝えよう。 ・千古:遠い昔から現在にいたるまでの長い間。きわめて遠い昔。おおむかし。
※我来弔墳墓:わたしは墓に弔いに来て。 ・我来-:わたしは…しに来る。ここでの「来」は動詞の前に附き、動作の趨勢を表す。…しに来る。来て…する。
※懐古涙潸然:昔のことをなつかしく思い出して、涙がはらはらとこぼれた。 ・懐古:昔のことをなつかしく思うこと。 ・潸然:〔さんぜん;shan1ran2○○〕涙が流れるさま。また、雨がぱらぱらと降るさま。ここは、前者の意。北宋・沈存中(沈括)『歎老』に「唯覓少年心不得,當時感舊已潸然。情懷此日君休問,又老當時二十年。」とある。なお、『藤公詩存』の版本では、「潜然」となっている。
***********
◎ 構成について
韻式は、「AAAAAAA」。韻脚は「年眠鞭天船傳然」で、平水韻下平一先。この作品の平仄は、次の通り。
○○○●○,(韻)
●●○◎○。(韻)
●●●○●,
○●●○○。(韻)
●●○○●,
●○○○○。(韻)
○●●●●,
○●○○○。(韻)
○○○○●,
●○○●○。(韻)
●○●○●,
○●●○○。(韻)
平成25.4.28 4.29 4.30完 平成28.4. 9補 平成29.2. 6 |
トップ |