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長安一片月,
萬戸擣衣聲。
秋風吹不盡,
總是玉關情。
何日平胡虜,
良人罷遠征。
子夜呉歌
長安 一片の月,
萬戸 衣を 擣(う)つの聲。
秋風 吹きて 盡きず,
總(す)べて是れ 玉關の情。
何(いづ)れの日か 胡虜を 平げ,
良人 遠征を 罷(や)めん。
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◎ 私感註釈
※李白:盛唐の詩人。字は太白。自ら青蓮居士と号する。世に詩仙と称される。701年(嗣聖十八年)〜762年(寶應元年)。西域・隴西の成紀の人で、四川で育つ。若くして諸国を漫遊し、後に出仕して、翰林供奉となるが高力士の讒言に遭い、退けられる安史の乱では苦労をし、後、永王が謀亂を起こしたのに際し、幕僚となっていたため、罪を得て夜郎にながされたが、やがて赦された。
『古文眞寶』
※子夜呉歌:『子夜歌』のこと。南朝の楽府民歌篇名。『清商曲辞・呉声歌曲』に属す。『呉声歌曲』を略して『呉歌』という。長江下流、建業(現・南京)の民歌の系統になる。晋宋斉で四十二首作られて、遺されている。『子夜歌』から生まれたのが『子夜四時歌』で、春夏秋冬から構成される。子夜の名称は晋代の女性の名に由来し、女性の悲しく切ない歌声のことをいう。詩の表現も女性の立場に立って詠うものである。「女性の歎きの歌」の意である。初唐・郭振に『子夜四時歌六首・春歌』「陌頭楊柳枝,已被春風吹。妾心正斷絶,君懷那得知。」がある。この作品は『子夜四時歌』に依った『秋歌』でもある。このイメージに基づいた雰囲気のものに、白居易の『聞夜砧』「誰家思思婦秋擣帛,月苦風凄砧杵悲。八月九月正長夜,千聲萬聲無了時。應到天明頭盡白,一聲添得一莖絲。」 や李Uの『搗練子』「深院靜,小庭空,斷續寒砧斷續風。無奈夜長人不寐,數聲和月到簾。」 がある。伊勢丘人先生より、次のような御教示を受けた。一片月の「片」という文字は、本来「片方」という意味で、もともとは、「木」という文字を、半分に切ったことに由来する。この詩は、漢代の『古絶句』「藁砧(=夫)今何在,山上復有山(=出)。何當大刀頭(環=還),破鏡(=月。半月)飛上天。」の「破鏡」ように「夫婦が離れていることの悲しみ」を詠うもので、『神異經』にある、離れて暮らさなければならなくなった夫婦が、鏡を割ってそれぞれの一片を持ち、愛情の証しとした故事に因る。鏡は月の象徴である。「破鏡」≒「半月」「一片月」。李白の『峨眉山月歌』にも「峨眉山月半輪秋,影入平羌江水流。夜發清溪向三峽,思君不見下渝州。」 とある。月は、蘇軾の『水調歌頭』「明月幾時有?把酒問天。不知天上宮闕,今夕是何年。我欲乘風歸去,又恐瓊樓玉宇,高處不勝寒。起舞弄C影,何似在人間! 轉朱閣,低綺戸,照無眠。不應有恨,何事長向別時圓?人有悲歡離合,月有陰晴圓缺,此事古難全。但願人長久,千里共嬋娟。」 にもあるように、中華の文化を見る限り、月と家族との関聯は深く関わっていると謂えよう。このことを、更に 「玉」という文字で修飾している様な気がする。玉関は地名であっても、「別離」(割れている)から、必然的な地名なのではと思われる。 「一片」「月」「万戸」「玉関」という文字は、意味の上から、対句の様に「対文字」「対語」の様な気がする。これらのことは、中国人なら、深層心理に溜まっていると謂えよう。このような意味の御教示を頂いた。実際に「月」の用例が本サイトでは、次のようになっている。 月 字で検索すると仰るとおりの結果になろう。 ※長安一片月:長安の夜空に浮かぶ半月(の下で)。長安を広く照らしわたる月光(の下で)。 ・長安:唐代までの中国の首都。 ・一片:(漢語に基づけば)広く散らばっているさま。かたわれの。白居易の『長恨歌』の表現で謂えば「唯將舊物表深情,鈿合金釵寄將去。釵留一股合一扇,釵擘黄金合分鈿。但ヘ心似金鈿堅,天上人間會相見。」になる。なお、(日本語に基づいて解釈すれば)ひとかけら。ひとひら。 ・一片月:(漢語に基づけば)半分だけになっている月。或いは、…を広く照らしわたる月光。月光が広くちらばっているさま。また、(日本語風解釈に基づけば)欠けて見える三日月。ひとかけらの月。照明が発達していなかった時代では、月光の存在は大きな一を占めていたことだろう。「萬戸擣衣聲」から見ていくと、「広く照らしわたる月光」ととるのが妥当。初唐・張若虚の『春江花月夜』に「春江潮水連海平,海上明月共潮生。灩灩隨波千萬里,何處春江無月明。江流宛轉遶芳甸,月照花林皆似霰。空裏流霜不覺飛,汀上白沙看不見。江天一色無纖塵,皎皎空中孤月輪。江畔何人初見月,江月何年初照人。人生代代無窮已,江月年年祗相似。不知江月待何人,但見長江送流水。白雲一片去悠悠,青楓浦上不勝愁。誰家今夜扁舟子,何處相思明月樓。可憐樓上月裴回,應照離人妝鏡臺。玉戸簾中卷不去,擣衣砧上拂還來。此時相望不相聞,願逐月華流照君。雁長飛光不度,魚龍潛躍水成文。昨夜鞨K夢落花,可憐春半不還家。江水流春去欲盡,江潭落月復西斜。斜月沈沈藏海霧,碣石瀟湘無限路。不知乘月幾人歸,落月搖情滿江樹。」とある。
※萬戸擣衣聲:すべての家から、きぬたを打つ音が聞こえてくる。 ・萬戸:多くの家。すべての家。李白の『相逢行』に「相逢紅塵内,高揖黄金鞭。萬戸垂楊裏,君家阿那邊。」とある。 ・擣衣:〔たうい;dao3yi1〕着物を洗って石などの上に載せ、棒で打つ。きぬたを打つ。前出・張若虚の『春江花月夜』に「可憐樓上月裴回,應照離人妝鏡臺。玉戸簾中卷不去,擣衣砧上拂還來。此時相望不相聞,願逐月華流照君。」とある。 ・聲:音。
※秋風吹不盡:秋風が吹いて尽きる時がない。 ・吹不盡:吹いて尽きる時がない。吹き続ける。「秋風吹不盡」の句中の「吹不盡」は、前後の詩意・文脈の流れからみて、「吹而不盡」の意であって、「吹得盡」の反義語である「吹不盡」ではない。「吹而不盡」の意の「吹不盡」は「吹いて尽きることがない」であって、読み下すと「秋風吹き(い)て盡きず」。また、「吹得盡」の反義語としての「吹不盡」の意では「吹き尽くせない」で、読み下しは「秋風吹き尽くさず」。ここは、前者の意が妥当。 ・−不盡:…にたえない。…尽きない。唐・王昌齡『從軍行』「琵琶起舞換新聲,總是關山離別情。繚亂邊愁聽不盡,高高秋月照長城。」 蛇足になるが、「吹不盡」とは、「『吹』くことが『不盡』」という意であって、「吹き続ける」の意。
※總是玉關情:すべてが、玉門関に(遠征をしている夫を慕い偲ぶ)思い(にに満ちている)。 ・總是:〔zong3shi4●●〕全部。いつも。例外なく。とにかく。いつも。ここでは、前出のどれもこれもを指す。唐・王昌齡の『從軍行』「琵琶起舞換新聲,總是關山離別情。繚亂邊愁聽不盡,高高秋月照長城。」がある。 「一片月」で家族を偲ぶ意味を持ち、「擣衣」で、思婦(やや遅れるが前出白居易の『聞夜砧』「誰家思婦秋擣帛,月苦風凄砧杵悲。」 )を指し、「秋風」は西風で、夫のいる西域を思い起こさせる。 ・玉關情:漢民族の前線基地である玉門関に出征している夫を思い偲ぶ心。 ・玉關:玉門関のこと。甘肅省燉煌の西にある関所。漢土から西域に通ずる交通、戦略上の要所。王昌齡の『從軍行』「青海長雲暗雪山,孤城遙望玉門關。黄沙百戰穿金甲,不破樓蘭終不還。」や、王之渙の『出塞』「黄河遠上白雲間,一片孤城萬仞山。羌笛何須怨楊柳,春風不度玉門關。」と、使われている。
※何日平胡虜:いつになったら夷狄を退治して。 ・何日:いつ。 ・平:平定する。たいらげる。動詞。 ・胡虜:胡人(西方異民族)の蔑称。
※良人罷遠征:あの方(夫)は遠征をやめて(帰ってくるかえって)くることだろうか)。 ・良人:妻が夫を指していうことば。おっと。 ・罷:〔ひ(は(い));ba4●〕やめる。中止する。まかる。退出する。
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◎ 構成について
韻式は「AAA」。韻脚は「聲情征」で、平水韻。次の平仄は、この作品のもの。
○○●●●,
●●●○○。(韻)
○○○●●,
●●●○○。(韻)
○●○○●,
○○●●○。(韻)
2004.12.13 12.14完 12.16補 2005. 5.22 2006. 2.25 2008. 4. 3 7.25 2009. 4. 2版 2011. 1.21 |
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