今來古往蹟茫茫, 石馬無聲抔土荒。 春入櫻花滿山白, 南朝天子御魂香。 |
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芳野 懷古(くゎいこ)
今來 古往(こんらいこわう) 蹟(あと) 茫茫(ばうばう)として,
石馬 聲 無くして 抔土(ほうど) 荒る。
春は 櫻花(あうくゎ)に 入りて 滿山 白く,
南朝の天子 御魂(ぎょこん) 香(かんば)し。
◎ 私感註釈 *****************
※梁川星巖:寛政元年(1789年)〜安政五年(1858年)。江戸末期の漢詩人。美濃の人。名は卯・孟緯。字は伯英。通称新十郎。星巌は号。
※芳野懷古:吉野の懐旧。これと同様の詩題は、頼杏坪の『遊芳野』「萬人買醉攪芳叢,感慨誰能與我同。恨殺殘紅飛向北,延元陵上落花風。」 や、頼山陽の『遂奉遊芳埜』「侍輿下阪歩遲遲,鶯語花香帶別離。母已七旬兒半百,此山重到定何時。」 また、藤井竹外の『遊芳野』「古陵松柏吼天,山寺尋春春寂寥。眉雪老僧時輟帚,落花深處説南朝。」、河野鐵兜の『芳野懷古』「山禽叫斷夜寥寥,無限春風恨未銷。露臥延元陵下月,滿身花影夢南朝。 など、古来多くの人に詠まれている。 ・芳野:吉野の雅名。現・奈良県吉野町。 ・懷古:昔を思い出して、懐かしく思うことで、ここでは、後醍醐天皇の吉野朝の哀史を懐旧することになる。
※今來古往蹟茫茫:昔から今に至るまでの遺跡は、遥かでぼんやりとしてはっきりとしないようになった。 ・今來古往:〔こんらい こわう;jin1lai2gu3wang3○○●●〕今まで。昔から今に至るまで。過去から現在に至るまで。「古往今來」〔こわうこんらい;gu3wang3jin1lai2●●○○〕として使うのが普通。ここは平仄の関係上、「○○●●●○○」とするために入れ替えた。 ・蹟:あと。遺跡。ここでは、南朝の古跡のことになる。 ・茫茫:〔ばうばう;mang2mang2○○〕果てしなく広々としているさま。遥かなさま。ぼんやりとしてはっきりとしないさま。ここは往事茫茫としていることをいう。
※石馬無聲抔土荒:(ただ、御陵の参道の両側に並ぶ)石で造った馬は静かに(控えているが、)墓の盛り土は荒れてしまった。 ・石馬:御陵の参道の両側に並ぶ石で造った馬。如意輪寺や延元陵にはないはず。わたしは気づかなかった。延元陵に至る参道は、山の手にある御陵の感じと同じであり、御陵の正面も他の御陵と同じで、なにもない。あるとすれば、上の写真の辺りになろう。写真(平成十六年四月)は、如意輪寺境内から延元陵に登っていく入り口になる。日本の古代の陵墓だと埴輪の馬があるが…。石馬は中国の陵墓にはある。薛逢の『漢武宮辭』「漢武清齋夜築壇,自斟明水仙宮。殿前玉女移香案,雲際金人捧露盤。絳節幾時還入夢,碧桃何處更驂鸞。茂陵煙雨埋弓劍,石馬無聲蔓草寒。」と、ここは中国の陵墓の描写に基づいた表現とみるのが自然。 ・無聲:静まりかえっている。声を出さない。 ・抔土:墓の土。ここでは後醍醐天皇の御陵・延元陵のことをいう。「一抔土」のこと。ひとすくいの土。墓のこと。 ・抔:〔ほう;pou2○〕手ですくう。駱賓王は、徐敬業の乱で、則天武后(武則天)を排斥する檄「…一抔之土未乾,六尺之孤何托(安在)。…」を作ったが、武后はその中のこの部分を読み、才人を失ったことを惜しんだという。 ・荒:荒れ果てる。荒れ果てて雑草が生える。
※春入櫻花滿山白:春の季節はサクラの花に入り込んで、(吉野の)山一面、真っ白である。 ・春入:春が…に訪れる。皇甫松の『楊柳枝詞』「春入行宮映翠微,玄宗侍女舞煙絲。如今柳向空城香C玉笛何人更把吹。」のように春の季節の具体的な訪れをいう表現。 ・櫻花:〔あうくゎ;ying1hua1○○〕サクラの花。 ・滿山:山一面に。全山(が)。一山(が)。蛇足になるが、ここの「山」とは吉野の山々のことで、信仰的な活動の一として、人為的にサクラの樹が植えられてきたことによる。延元陵を始めとした、陵墓には人手が入らないために、気候に適した繁殖力が旺盛な樫(かし)などが多く、冬でも緑である。サクラは無い。 ・白:桜の花が満開になっているさまの遠望で、白く見えること。
※南朝天子御魂香:(サクラの花の香が御陵の方にまで伝わって、)南朝の天子である後醍醐天皇の御霊(みたま)は、(なお一層の)薫り高さを流している。 ・南朝:吉野朝。南北朝時代、延元元年/建武三年(1336年)〜元中九年(1392年)まで吉野を中心に近畿地方南部にあった大覚寺統の朝廷。後醍醐天皇は神器を帯して吉野に潜幸し、以来、後村上天皇、長慶天皇、後亀山天皇の四代五十七年間、吉野などにあって、北朝に対峙した。後亀山天皇のとき、北朝の後小松天皇を猶子として神器を渡して譲位した。 ・天子:天皇。ここでは後醍醐天皇、後村上天皇、長慶天皇、(後亀山天皇)のことになる。 ・御魂:〔ぎょこん;yu4hun2●○〕みたま。天皇の霊魂。 ・香:かんばしい。 *桜が満開のために、花の香が満ちていること、また、断乎として賊の擁立する北朝と闘うといった崇高な精神が薫り高いことをいう。
◎ 構成について
韻式は「AAA」。韻脚は「茫荒香」で、平水韻下平七陽。次の平仄は、この作品のもの。
○○●●●○○,(韻)
●●○○○●○。(韻)
○●●○○○●,
○○○●●○○。(韻)
平成17.10.10 |
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