簡傲縱酒消歳時, 衆人間不相知。 而今老去始噬臍, 通宵爲君涙沾衣。 |
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失題
簡傲(かんがう) 縱酒(しょうしゅ) 歳時を 消し,
衆人 間(はざま)を (うかが)ふも 相(あ)ひ知らず。
而今(じこん) 老い去りて 始めて臍(ほぞ)を噬(か)み,
通宵(つうせう) 君が爲に 涙 衣を 沾(うるほ)す。
◎ 私感註釈 *****************
※良寛:江戸後期の禅僧。寶暦八年(1758年)〜天保二年(1831年)。漢詩人。歌人。越後国(現・新潟県)出雲崎の人。俗姓は山本。名は栄蔵、後、文孝と改める。号は大愚。諸国を行脚、漂泊し、文化元年、故郷の国上山(くがみやま)の国上寺(こくじょうじ)に近い五合庵に身を落ち着けた。晩年、三島(さんとう)郡島崎に移った。高潔な人格が人々から愛され、子供達も慕ったが、人格の奇特さを表す逸話も伝わっている。ただ、遺されている漢詩は陰々滅々として、類例を見ないほど暗いものである。
※良寛の心中の後悔の念を詠った、人間らしい葛藤の歌。
※簡傲縱酒消歳時:人を侮(あなど)り昂(たか)ぶり、酒に溺れて、年と季節を費やしてしまった。 ・簡傲:〔かんがう;jian3ao4●●〕おごりたかぶる。人を侮(あなど)り昂(たか)ぶる。 ・縱酒:〔しょうしゅ;zong4jiu3●●〕酒を存分に飲む。酒に溺れる。 ・縱:ほしいままにする。勝手気まま。乱れる。ゆるむ。 ・消:費やす。衰える。減らす。けす。 ・歳時:〔さいじ;sui4shi2●○〕一年と四時(四季)。一年の四季。年と季節。
※衆人間不相知:多くの人が、仲や関係をこっそりと窺(うかが)い見ているのを知らなかった。 ・衆人:〔しゅうじん;zhong4ren2●○〕多くの人。大勢の人。諸人。ここでは、他人のことになる。 ・:〔き;kui1○〕覗(のぞ)き見する。窺(うかが)う。きらめく。=窺〔き;kui1○〕覗(のぞ)き見する。窺(うかが)う。こっそり見る(○)。また、片足を踏み出す(●)。 ・間:仲。関係。あいだ。はざま。 ・不相知:知らなかった。漢魏・蔡文姫の『胡笳十八拍』の第十五拍「十五拍兮節調促,氣填胸兮誰識曲。處穹廬兮偶殊俗。願得歸來兮天從欲,再還漢國兮歡心足。心有懷兮愁轉深,日月無私兮曾不照臨。子母分離兮意難任,同天隔越兮如商參,生死不相知兮何處尋。」 や、白居易の『烏夜啼』に「啼澀飢喉咽,飛低凍翅垂。畫堂鸚鵡鳥,冷暖不相知。」とある。
※而今老去始噬臍:今、歳をとってしまってから、やっと臍(ほぞ)を噬(か)む思いで後悔している。 ・而今:現在。きょうび。今。 ・老去:歳をとった。老いてしまう。年をとってしまう。年をとって行く。 ・-去:…ていく。…てしまう。動詞の後について、動作や状態が持続していく感じを表す。杜甫の『可惜』に「花飛有底急,老去願春遲。可惜歡娯地,キ非少壯時。ェ心應是酒,遣興莫過詩。此意陶潛解,吾生後汝期。」 、また、白居易の『香鑪峰下新置草堂即事詠懷題於石上』に「香鑪峯北面,遺愛寺西偏。白石何鑿鑿,C流亦潺潺。有松數十株,有竹千餘竿。松張翠傘蓋,竹倚青琅。其下無人居,惜哉多歳年。有時聚猿鳥,終日空風煙。時有沈冥子,姓白字樂天。平生無所好,見此心依然。如獲終老地,忽乎不知還。架巖結茅宇,壑開茶園。何以洗我耳,屋頭飛落泉。何以淨我眼,砌下生白蓮。左手攜一壺,右手挈五弦。傲然意自足,箕踞於其間。興酣仰天歌,歌中聊寄言。言我本野夫,誤爲世網牽。時來昔捧日,老去今歸山。倦鳥得茂樹,涸魚返C源。舍此欲焉往,人間多險艱。」がある。 ・始:やっと。はじめて。 ・噬臍:〔ぜいせい;shi4qi2●○〕臍(ほぞ)を噬(か)む。臍(へそ)を噛(か)もうとしても及ばない。転じて、後悔しても及ばない。過ぎ去ったことを悔やむことの喩え。『左傳・莊公』「亡ケ國者,必此人也。若不早圖,後君噬齊。其及圖之乎。圖之,此爲時矣。」に拠る。
※通宵爲君涙沾衣:一晩中、(わたしの心の中の)あなたのために(泣き明かして)涙で着物を濡らしてしまった。 ・通宵:〔つうせう;tong1xiao1○○〕夜通し。一晩中。よもすがら。 ・爲君:あなたのために。ここは、「自分の中のもう一人の自分、悔悟の念を抱けないで装っている自分の心のために」ととってしまう。良寛の漢詩は、和歌にはみられない重苦しい内面の表白があるため、このようにとった。 ・涙沾衣:前出・蔡文姫『胡笳十八拍』の第十三拍「不謂殘生兮卻得旋歸,撫抱胡兒兮泣下沾衣。」 とある。辛棄疾の『木蘭花慢』「漢中開漢業,問此地、是耶非。想劍指三秦,君王得意,一戰東歸。追亡事、今不見,但山川滿目涙沾衣。落日胡塵未斷,西風塞馬空肥。」 とある。 ・沾:〔てん;zhan1(tian1)○〕うるおす。ぬらす。 ・衣:着物。
◎ 構成について
韻式は「AAA」。韻脚は「時知衣」で、平水韻下平四支。次の平仄はこの作品のもの。
●●●●○●○,(韻)
●○○○●○○。(韻)
○○●●●●○,
○○●○●○○。(韻)
平成18.2.10 2.11 |
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