凍雨 窗を浥らす 滴滴たる聲,
正に聽く 廣播 北歸の行。
曾ねて傷む 故國は 今 何處なるか,
溷濁して 我を抱く情を 知る 莫し。
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氷雨が降り出し、車の前窓を濡らし始めた。ちょうどその時、まるで合わせたかのように(ラジオから)流れ出したのが『北歸行』だった。旅順高等學校の寮歌だったというが、これは『楚辭』の歎きである。屈原の『九章・懷沙』そのものである。二千三百年前、屈原は自分を容れない狭量な祖国に、別れを告げた。---屈原は楚の国王から見放され、楚の国民からも忘れられてしまい、江南を流離い、彼の祖国・楚は、秦のために首都・郢は陥落させられ、滅ぼされてしまう。屈原は、祖国の将来を憂い、民衆の行く末を歎き、石を抱いて汨羅に入水した。
世を見抜く力はあったが、世に容れてもらえなかった人ということなのだろう。心が震える。この詩は、その屈原が詠った『楚辭・九章・懷沙』の亂「浩浩沅湘,分流汨兮。脩路幽蔽,道遠忽兮。懷質抱情,獨無匹兮。伯樂既沒,驥焉程兮?民生稟命,各有所錯兮。定心廣志,余何所畏惧兮?曾傷爰哀,永歎喟兮。世溷濁莫吾知,人心不可謂兮。知死不可讓,願忽愛兮。明告君子,吾將以爲類兮。」による。
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・凍雨: |
氷雨(ひさめ)。 |
・廣播: |
〔くゎうは;guang3bo1●●〕放送。ラジオ放送。 |
・曾: |
「重」。重ねて。前出・『楚辭・九章・懷沙』「曾傷爰哀,永歎喟兮。世溷濁莫吾知,人心不可謂兮。知死不可讓,願忽愛兮。」による。 |
・溷濁: |
〔こんだく;hun4zhuo2〕にごる。穢れ濁る。乱れ濁る。前出・『楚辭・九章・懷沙』「世溷濁莫吾知,人心不可謂兮。」による。 |