頼山陽箱崎日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩Ribengushi

　
　           　　　
          箱﨑　　
　　　　　　　　　　　　　         　頼山陽

廟門岌面長瀾，
仰視彫題照碧灣。
長倚神威伏戎狄，
新羅高麗指揮間。

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箱﨑

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
廟門（べうもん）　岌（きふげふ）　　長瀾（ちゃうらん）に面し，
仰（あふ）ぎ視（み）れば　彫題（てうだい）　　碧灣（へきわん）を照らす。
長く　神威（しんゐ）に倚（よ）りて　　戎狄（じゅうてき）を伏（ふ）す，
新羅（しらぎ）　高麗（かうらい）は　　指揮の間。

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◎　私感註釈

※頼山陽：安永九年（１７８０年）～天保三年（１８３２年）。江戸時代後期の儒者、詩人、歴史家。詩集に『日本樂府』、『山陽詩鈔』などがある。

※箱崎：筥﨑（はこざき）。筥崎八幡宮のこと。現・福岡県福岡市東区にある神社。元寇の遺跡でもある。

※廟門岌面長瀾：みたまやの楼門は、遠くから打ち寄せる大波に臨んでおり。　・廟門：みたまやの門。ここでは､筥崎八幡宮の三間一戸の入母屋造の楼門のことになる｡ここに「敵國降伏」と書かれた扁額が掲げられている。　・廟：〔べう；miao4●〕たまや。みたまや。やしろ。　・岌：〔きふげふ；ji2ye4●●〕山の高く嶮しいさま。白居易は奇岩を詠って「岌形將動，巍峨勢欲摧。奇應潛鬼怪，靈合蓄雲雷。」と詠う。　・面：面する。臨む。動詞。　・長瀾：遠くから打ち寄せる大波。

※仰視彫題照碧灣：扁額を仰ぎ見れば、青い入り江を照らしている。。　・仰視：仰ぎ見る。見上げる。前漢・李陵の『與蘇武詩』「良時不再至，離別在須臾。屏營衢路側，執手野踟。仰視浮雲馳，奄忽互相踰。」や、「自爲詩曰：『力拔山兮氣蓋世，時不利兮騅不逝。騅不逝兮可何，虞兮虞兮奈若何！』歌數，美人和之。項王泣數行下，左右皆泣，莫能仰視。」（『南宋末・文天祥の『正氣歌』の末尾部分「仰視浮雲白。悠悠我心悲，蒼天曷有極。哲人日已遠，典型在夙昔。風檐展書讀，古道照顏色。」とある。　・彫題：〔てうだい；diao1ti2○○〕扁額。ここでは､「敵國降伏」と書かれている扁額を指す｡頼山陽の詩集に「廟顏敵國降伏四大字係延喜宸翰」と自註している（写真）。元寇の際に、亀山上皇が敵国降伏を祈願して納められた宸筆。　・照：照らす。本殿から博多湾まで真っ直ぐに参道が通っているさまを詠んでいる。　・碧灣：あおい入り江。ここでは､博多湾のことになる｡

※長倚神威伏戎狄：長い間（筥崎八幡宮の）神の冒し難い力に頼って、西側や北側の異民族を退け従わせてきた。　・長：とこしえに。長く。≒常。　・倚：よる。よりかかる。もたれる。　・神威：神の冒し難い権威や絶対的な力。似た用例に『楚辭・九歌・國殤』「操呉戈兮被犀甲，車錯轂兮短兵接。旌蔽日兮敵若雲，矢交墜兮士爭先。凌余陣兮余行，左驂殪兮右刃傷。霾兩輪兮四馬，援玉兮撃鳴鼓。天時墜兮威靈怒，嚴殺盡兮棄原野。出不入兮往不反，平原忽兮路超遠。帶長劍兮挾秦弓，首身離兮心不懲。誠既勇兮又以武，終剛強兮不可凌。身既死兮神以靈，魂魄毅兮爲鬼雄。」を聯想する。　・伏：〔ふく；fu2●〕しりぞける。従わせる。ふせる。亀山上皇の宸筆の扁額「（敵國）降伏」にも拠る。　・戎狄：〔じゅうてき；rong2di2○●〕西側や北側の異民族。えびす。

※新羅高麗指揮間：新羅や高麗（といった朝鮮半島の国）は、指図をする距離である。（或いは）間近である。　・新羅：〔しんら；Xin1luo2○○〕しらぎ。古代の朝鮮半島の国名。①三韓（馬韓、弁韓、辰韓）のうち、辰韓の後に立った朝鮮半島南東部の国で、その後、（百済（くだら）、任那（みまな）、新羅（しらぎ）の）三国時代の一でもある。②さらに後、（大同江以南の）朝鮮半島最初の統一国家。この詩では、後者②の意で使われている。　・高麗：〔かうらい；Gao1li2○○〕高麗（こうらい）朝。高麗（こま）。新羅（しらぎ）を滅ぼした王朝。十世紀から十四世紀の間の朝鮮の王朝。なお、「麗」字は「うるわしい」といった形容詞などの意では〔れい；li4●〕去声霽韻である。例外が「高麗」「高句麗（高句儷）」などの固有名詞の「麗」で、〔り、らい；li2○〕平声支韻である。作者は「麗」字を仄韻字と思って使ったようだ。蛇足になるが、「高句麗（儷）」は現代語でも〔Gao1gou1li2○○○〕であって、〔Gaoju4li4○●●〕ではない。　・指揮間：指図する距離。「指呼の間」「指顧の間」ととれば、近距離の意。

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◎　構成について

韻式は「ＡＡＡ」。韻脚は「瀾灣間」で、平水韻上平十四寒（瀾）、十五刪（灣間）。次の平仄はこの作品のもの。

●○●●●○○，（韻）
●●○○●●○。（韻）
○●○○●○●，
○○○　 ●○○。（韻）