山路觀楓 | ||
夏目漱石 | ||
石苔沐雨滑難攀, 渡水穿林往又還。 處處鹿聲尋不得, 白雲紅葉滿千山。 |
石苔 雨に沐し 滑りて攀ぢ難く,
水を渡り 林を穿ちて 往きて 又 還る。
處處の鹿聲 尋ね得ず,
白雲 紅葉 千山に滿つ。
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◎ 私感註釈:
※夏目漱石:明治期の小説家。慶応三年(1867年)〜大正五年(1916年)東京出身。名は金之助。東大英文科卒。松山中学教諭、五高教授を経て、イギリスに留学、帰国後一高教授。『明暗』では、自我を越えた所謂「則天去私」の世界を志向した。
※山路観楓:(雨後の)山道で、かえで(の紅葉)を観賞した。 *中国古詩(=中国旧体詩、中国旧詩≒中国の近体詩≒中国の漢詩)に比べて、各句(四句)それぞれが独立しており、聯としての構成が不十分である。習作であろう。
※石苔沐雨滑難攀:石の上に生えたこけを雨が洗い、(そのため)滑って登りにくく。 ・石苔:石の上に生えたこけを謂う。 ・沐:〔もく;mu4●〕(髪を)洗う。 ・滑:すべる。盛唐・杜甫の『雨四首』に「微雨不滑道,斷雲疏復行。紫崖奔處K,白鳥去邊明。秋日新霑影,寒江舊落聲。柴扉臨野碓,半得搗香粳。」「楚雨石苔滋,京華消息遲。山寒青兕叫,江晩白鷗飢」とある。 ・難攀:よじのぼりにくい。後世、乃木希典は『爾靈山』で「爾靈山嶮豈攀難,男子功名期克艱。鐵血覆山山形改,萬人齊仰爾靈山。」と使うが、漱石の使い方の方が一般的で通じやすい。
※渡水穿林往又還:川を渡り、林を通り抜けて、行って、また帰ってきた。 ・渡水:川を渡る。 ・水:川、川の流れ。明・高啓の『尋胡隱君』に「渡水復渡水,看花還看花。春風江上路,不覺到君家。」とある。 ・穿林:林を通り抜ける意。ただし、蘇軾の『定風波』「莫聽穿林打葉聲」の場合は「木々の繁みを通して降りかかってくる激しい雨脚」のことで、ここでの用法とは異なる。 ・往又還:こちらからあちらへ行って、行き先からくるりと帰る。
※処処鹿声尋不得:方々で鹿の鳴き声がするが、(姿は)見付けられなくて。 ・処処:ここかしこ。あちらこちら。方々。孟浩然の『春曉』に「春眠不覺曉,處處聞啼鳥。夜來風雨聲,花落知多少。」とあり、中唐・柳宗元の『與浩初上人同看山寄京華親故』に「海畔尖山似劍鋩,秋來處處割愁腸。若爲化得身千億,散向峰頭望故ク。」とある。 ・鹿声:鹿の鳴き声。前出・杜甫の『雨四首』でいえば「青兕」(ピンク字の部分)。魏・曹操の『短歌行』に「對酒當歌,人生幾何。譬如朝露,去日苦多。 慨當以慷,憂思難忘。何以解憂,唯有杜康。 青青子衿,悠悠我心。但爲君故,沈吟至今。 呦呦鹿鳴,食野之苹。我有嘉賓,鼓瑟吹笙。 明明如月,何時可輟。憂從中來,不可斷絶。 越陌度阡,枉用相存。契闊談讌,心念舊恩。 月明星稀,烏鵲南飛。繞樹三匝,何枝可依。 山不厭高,水不厭深。周公吐哺,天下歸心。」とある。 ・尋不得:探しあたらない。見付けられない。【〔動詞〕+「不得」:…することができない、の意】盛唐・杜甫の『哀江頭』に「少陵野老呑聲哭,春日潛行曲江曲。江頭宮殿鎖千門,細柳新蒲爲誰香B憶昔霓旌下南苑,苑中萬物生顏色。昭陽殿裏第一人,同輦隨君侍君側。輦前才人帶弓箭,白馬嚼齧黄金勒。翻身向天仰射雲,一笑正墜雙飛翼。明眸皓齒今何在,血汚遊魂歸不得。清渭東流劍閣深,去住彼此無消息。人生有情涙霑臆,江草江花豈終極。黄昏胡騎塵滿城,欲往城南望城北。」とあり、北宋・王安石の『夜直』に「金爐香盡漏聲殘,翦翦輕風陣陣寒。春色惱人眠不得,月移花影上欄干。」とある。蛇足になるが、「行不得也哥哥」は鷓鴣の鳴き声。擬声語。
※白雲紅葉満千山:白い雲に紅葉が、山々に満ちている。 ・白雲:白い雲。俗世間を超越したことを暗示する語でもある。唐の王維の『送別』「下馬飮君酒,問君何所之。君言不得意,歸臥南山陲。但去莫復問,白雲無盡時。」 や、唐・杜牧の『山行』「遠上寒山石徑斜,白雲生處有人家。停車坐愛楓林晩,霜葉紅於二月花。」 また、崔(さいかう:Cui1Hao4)の七律『黄鶴樓』「昔人已乘白雲去,此地空餘黄鶴樓。黄鶴一去不復返,白雲千載空悠悠。晴川歴歴漢陽樹,芳草萋萋鸚鵡州。日暮ク關何處是,煙波江上使人愁。」、漢の武帝・劉徹の樂府『秋風辭』「秋風起兮白雲飛,草木黄落兮雁南歸。蘭有秀兮菊有芳,懷佳人兮不能忘。汎樓船兮濟汾河,中流兮揚素波。簫鼓鳴兮發櫂歌,歡樂極兮哀情多。少壯幾時兮奈老何。」 「白雲」の語はなく「雲」だけになるが、晉・陶淵明の『歸去來兮辭』の「歸去來兮,田園將蕪胡不歸。既自以心爲形役,奚惆悵而獨悲。悟已往之不諫,知來者之可追。實迷途其未遠,覺今是而昨非。舟遙遙以輕颺,風飄飄而吹衣。問征夫以前路,恨晨光之熹微。乃瞻衡宇,載欣載奔。僮僕歡迎,稚子候門。三逕就荒,松菊猶存。攜幼入室,有酒盈樽。引壺觴以自酌,眄庭柯以怡顏。倚南窗以寄傲,審容膝之易安。園日渉以成趣,門雖設而常關。策扶老以流憩,時矯首而游觀。雲無心以出岫,鳥倦飛而知還。景翳翳以將入,撫孤松而盤桓。歸去來兮,請息交以絶遊。世與我以相遺,復駕言兮焉求。ス親戚之情話,樂琴書以消憂。農人告余以春及,將有事於西疇。或命巾車,或棹孤舟。既窈窕以尋壑,亦崎嶇而經丘。木欣欣以向榮,泉涓涓而始流。羨萬物之得時,感吾生之行休。已矣乎,寓形宇内復幾時。曷不委心任去留,胡爲遑遑欲何之。富貴非吾願,帝ク不可期。懷良辰以孤往,或植杖而耘耔。登東皋以舒嘯,臨C流而賦詩。聊乘化以歸盡,樂夫天命復奚疑。」 や唐の賈島『尋隱者不遇』「松下問童子,言師採藥去。只在此山中,雲深不知處。」 がある。
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◎ 構成について
韻式は、「AAA」。韻脚は「攀還山」で、平水韻上平十五刪。この作品の平仄は、次の通り。
●○●●●○○,(韻)
●●○○●●○。(韻)
●●●○○●●,
●○○●●○○。(韻)
平成22.11.13 11.14 |
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