有客贈一酒瓢者,愛翫不置。賦瓢兮歌。 | ||
藤田東湖 | ||
瓢兮瓢兮我愛汝, 汝嘗熟知顏子賢。 陋巷追隨不改樂, 盍以美祿延天年。 天壽有命非汝力, 聲名猶附驥尾傳。 瓢兮瓢兮我愛汝, 汝又嘗受豐公憐。 金裝燦爛從軍日, 一勝加一百且千。 千瓢所向無勍敵, 叱咤忽握四海權。 瓢兮瓢兮我愛汝, 悠悠時運幾變遷。 亞聖至樂誰復踵, 太閤雄圖何忽焉。 不用獨醒吟澤畔, 只合長醉伴謫仙。 瓢兮瓢兮我愛汝, 汝能愛酒不愧天。 消息盈虚與時行, 有酒危坐無酒顛。 汝危坐時我未醉, 汝欲顛時我欲眠。 一醉一眠吾事足, 世上窮通何處邊。 |
藤田東湖著 『東湖詩鈔』 | |
藤田東湖著 『謫居詩存』 |
瓢や 瓢や 我 汝を愛す,
汝 嘗て 熟知す 顏子の賢。
陋巷 追隨して 樂を改めず,
盍ぞ 美祿を以て 天年を延ばさざる。
天壽 命有り 汝が力に非ず,
聲名 猶ほも 驥尾に附して傳ふ。
瓢や 瓢や 我 汝を愛す,
汝 又 嘗て受く 豐公の憐れみを。
金裝 燦爛たり 從軍の日,
一勝 一を加へて 百 且つ千。
千瓢 向ふ所 勍敵 無く,
叱咤 忽ち握る 四海の權。
瓢や 瓢や 我 汝を愛す,
悠悠たる時運 幾 變遷。
亞聖の至樂 誰か復た踵がん,
太閤の雄圖 何ぞ忽焉たる。
用ゐず 獨醒 澤畔に吟ずるを,
只合に 長く醉ひて 謫仙に伴ふべし。
瓢や 瓢や 我 汝を愛す,
汝 能く 酒を愛して 天に愧ぢず。
消息 盈虚 時と與に行ふ,
酒 有れば 危坐し 酒 無んば顛ず。
汝 危坐する時 我 未だ醉はず,
汝 顛ぜんと欲する時 我も 眠らんと欲す。
一醉 一眠 吾が事 足る,
世上の窮通は 何れの處の邊ぞ。
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千成瓢箪発祥の地(岐阜城)2010.10.28 千成瓢箪(岐阜城)2010.10.28 岐阜城 2010.10.28 金華山上の岐阜城よりの眺望2010.10.28 金華山上の岐阜城よりの眺望2010.10.28 墨俣城大手門の瓢箪形の擬宝珠2010.10.28 岐阜城攻めでの瓢箪(墨俣城)2010.10.28 初期型の千成瓢箪(墨俣城) 2010.10.28 千成瓢箪由来の詩(墨俣城) 2010.10.28 墨俣城よりの眺望 2010.10.28
◎ 私感註釈:
※藤田東湖:文化三年(1806年)〜安政二年(1855年)。江戸後期の水戸学派の儒者。尊皇攘夷思想の主導者の一。名は彪(たけき)、東湖は号になる。水戸藩主の継嗣問題で、改革派として前藩主の弟・徳川斉昭を擁立して活躍する。後、藩校弘道館の建設に尽力したが、斉昭が幕府に隠居謹慎を命じられると免職、江戸藩邸に幽閉された。その後、嘉永六年(1853年)、ペリーの来航とともに斉昭が幕府の外交に参与するや、再び活躍を始めた。
※有客贈一酒瓢者。愛翫不置。賦瓢兮歌。:酒を入れた瓢箪を(わたし=作者に)贈る人物がいて、(わたし=作者に)は(その瓢箪を)大切にして、しきりにもてあそび、(そのため)『瓢兮歌』(「『瓢箪よ』の歌」)を作った。 *なお、この詩の読み下しは藤田東湖著『東湖詩鈔』『謫居詩存』の木版本(写真:上)に概ね従った。ただし、あまりに抵抗感があるものは現代の漢文訓読の主流に倣った。これらのため、送り仮名の範囲が他のページと多少異なる。(他のページは、現代仮名遣いではないものの、送り仮名の付け方は、副詞などは別として、内閣告示に拠るものに概ね従っている。(日本語入力システムの変換エンジンが現代仮名遣い対応のためでもある)。そのため、本ページはそれらのページに比べれば、送り仮名がやや少ないめになる。) ・瓢:〔へう;piao2○〕ひさご。瓢箪(ひょうたん)。実をくりぬいて作った容器では、酒などを入れる。 ・愛翫:〔あいぐゎん;ai4wan4●●〕たいせつにしてもてあそぶ。 ・不置:〔ふち;bu2zhi4●●〕しきりに…する。やめない。 ・賦:詩を作る。 ・兮:〔けい;xi1○〕…よ。…や。歌う時に語調を調え、リズムを取る辞。(字数を揃えるための意味の無い字とみるべきではない。古来、日本の漢文(漢学)でも、中国の古代漢語でもそのようにいわれるが、)詩では、音楽上、重要な意味を持つ。特に古代では、『詩経』『楚辞』などで、これでリズムを取る兮字脚となる。ただし、近代の一部の作では、気が横溢したあまりに、(俳句でいう)字足らずとなり、そこを補っているようなものも見受けるが。 ・歌:口を大きく開けて、しっかりと声に出してうたう。
藤田東湖著 『東湖詩鈔』 藤田東湖著 『謫居詩存』 『日本外史』卷之十五
※瓢兮瓢兮我愛汝:瓢箪よ瓢箪よ、わたしはおまえが好きだ。 *秦末漢初・項羽の『垓下歌』「力拔山兮氣蓋世,時不利兮騅不逝。騅不逝兮可奈何,虞兮虞兮柰若何。」と表現が似ている。 ・瓢兮瓢兮:瓢箪(ひょうたん)よ、瓢箪(ひょうたん)よ。 ・汝:〔じょ;ru3●〕おまえ。そなた。なんじ(なんぢ)。
※汝嘗熟知顔子賢:おまえは、いままでに顔回の「(真理を悟り実践できた)賢明さ=一瓢飲」を分かっており。 ・嘗:いままでに…したことがある。かつて。 ・熟知: ・顔子:顔回のこと。『論語・雍也』「子曰:賢哉囘(顔回)也。一箪食,一瓢飮,在陋巷,人不堪其憂,囘也不改其樂。賢哉囘也。」での貧窮の中で真理に近づいた孔子の第一番目の弟子・顔回の貧窮に基づく。 ・賢:(真理を悟り実践できて)かしこい。前出・『論語』(赤字)での孔子の褒め言葉。
※陋巷追随不改楽:路地裏にあっても、「(真理を悟り実践する)楽しみを改めようとはしなかった。 ・陋巷:〔ろうかう;lou4xiang4●●〕狭い街路。貧民街。路地裏。狭くきたない街。 ・追随:〔つゐずゐ;zhui1sui2○○〕あとについて行く。 ・不改楽:(貧窮生活と謂う)“楽しみ”を改めようとしない。前出・『論語』(赤字)での孔子の褒め言葉。ピンク字参照。宋・周紫芝の『漁父詞』に「好個~仙張志和,平生只是一漁蓑。和月醉,棹船歌。樂在江湖可奈何。」とある。
※盍以美禄延天年:どうして、(一飲で千の愁いを解くと謂う)酒を飲んで寿命を延ばそうとはしなかったのか。 ・盍:〔かふ;he2●〕どうして…しないのか。なんぞ…ざる。また、おおう。ここは、前者の意。 ・美禄:酒を謂う。 ・延:延命する。 ・天年:天寿。寿命。
※天寿有命非汝力:寿命というものは、天命であって、おまえ(=瓢箪)の力ではどうにもならなかった(ものの)。 ・天寿:寿命。「夭壽」とみれば、短命と長寿の意。わたしの持っている木版本の『東湖詩鈔』と『謫居詩存』上 のどちらも「天寿」となっている(写真:右)但し、『東湖詩鈔』では誰かの手によって毛筆で「天」を「夭」と訂正している。『謫居詩存』では「天年天壽」の赤字「天」は「夭」のようにも読めるが、起筆部分を見れば「天」。版木の彫り師も悩んだのか(写真:右)。 ・有命:天命というものがある。 ・非汝力:おまえのつとめ努力することではない。天が司ることであって、人間がつとめることではない。後出・唐・李白の『襄陽歌』「落日欲沒峴山西,倒著接花下迷。襄陽小兒齊拍手,街爭唱白銅鞮。傍人借問笑何事,笑殺山公醉似泥。鸕鶿杓,鸚鵡杯。百年三萬六千日,一日須傾三百杯。遙看漢水鴨頭香C恰似葡萄初醗。此江若變作春酒,壘麹便築糟丘臺。千金駿馬換小妾,笑坐雕鞍歌落梅。車旁側挂一壺酒,鳳笙龍管行相催。咸陽市中歎黄犬,何如月下傾金罍。君不見晉朝羊公一片石,龜頭剥落生莓苔。涙亦不能爲之墮,心亦不能爲之哀。清風朗月不用一錢買,玉山自倒非人推。舒州杓,力士鐺。李白與爾同死生,襄王雲雨今安在,江水東流猿夜聲。」とあり、南宋・張孝祥の『六州歌頭』に「長淮望斷,關塞莽然平。征塵暗,霜風勁,悄邊聲。黯銷凝。追想當年事,殆天數,非人力。洙泗上,絃歌地,亦羶腥。隔水氈ク,落日牛羊下,區脱縱。看名王宵獵,騎火一川明,笳鼓悲鳴,遣人驚。 念腰間箭,匣中劍,空埃蠹,竟何成!時易失,心徒壯,歳將零。渺~京,干瀦懷遠,靜烽燧,且休兵。冠蓋使,紛馳鶩,若爲情?聞道中原遺老,常南望,剃ワ霓旌。使行人到此,忠憤氣填膺,有涙如傾。」とある。
※声名猶附驥尾伝:(瓢箪の)よい評判は、すぐれた人物(=豊太閤など)のおかげをこうむって、伝わっている。 ・声名:よい評判。名声。 ・猶:〔いう;you2○〕まだ。やはり。ちょうど…のようだ。なお。なお…(の)ごとし。 ・附驥尾:すぐれた人物の後について、そのおかげをこうむる意。「驥尾に附す」。 ・驥尾:〔きび;ji4wei3●●〕駿馬のしり。千里をはしる駿馬の尾。転じて、すぐれた人のうしろ。「驥」は、一日に千里を行く良馬。俊才の譬え。
※瓢兮瓢兮我愛汝:瓢箪よ瓢箪よ、わたしはおまえが好きだ。なおここの句は『謫居詩存』では「瓢兮瓢子我愛汝」となっており、『東湖詩鈔』では「瓢兮瓢乎我愛汝」となっている(写真:上)。この詩は中国上代詩のように「瓢兮瓢兮我愛汝」を繰り返すことで、次の章(≒擬似の解)に移ったことを明示している。この詩句・第二章のはじめだけがやや異なり、第一、三、四章が同じであるということは、第二章はじめのこの句は版木を彫る際の彫り師の見誤りではなかろうか。(『謫居詩存』と『東湖詩鈔』とでも異なっているということは、元の肉筆も相当読みにくかったのでは…、とは憶測)
※汝又嘗受豊公憐:おまえは、また、かつて豊臣秀吉公の寵愛を受けたことがある。 ・又嘗−:また、かつて(…)したことがある。 ・豊公:豊臣秀吉公。豊臣秀吉の馬印は金色に輝く千成瓢箪(せんなりびょうたん)であることを謂う。初め、稲葉山城(後の岐阜城)攻略で使い始め、後、金色の馬印として用い、勝ち戦のたびにその数を増やしていったという。(岐阜城や墨俣城(≒墨俣一夜城歴史資料館)に瓢箪や千成瓢箪がある=写真上:2010.10.28撮影)そのことを『日本外史』では、筑前守に除せられ、羽柴秀吉となった時に金瓠を馬印とし、一度勝つ毎に一つ数を増やしていったと書かれている(写真:右『日本外史』巻之十五)(映画や小説などでは、騎馬で颯爽と駆ける信長の後を、瓢箪を担いで走って追いかける藤吉郎の姿が描かれているが、『日本外史』と『信長公記』以外は未確認)江戸時代・荻生徂徠の『寄題豐公舊宅』に「絶海樓船震大明,寧知此地長柴荊。千山風雨時時惡,猶作當年叱咤聲。」とある。
※金装燦爛従軍日:(瓢箪の)黄金色の装(よそお)いも鮮やかに輝いて、(太閤の)軍勢について戦地へ赴き。 ・金装:黄金色の装(よそお)い。 ・燦爛:〔さんらん;can4lan4●●〕あざやかにかがやくさま。 ・従軍:軍隊について戦地へおもむく。
※一勝加一百且千:(馬印の金の瓢箪を)一度勝つ毎に一つ数を増やしていき、百がまた千となっていった。 ・一勝加一:(馬印の金の瓢箪を)一度勝つ毎に一つ数を増やしていったことを謂う。『日本外史』巻之十五に「以金瓠爲馬表,毎一捷加一瓠,曰:『吾必積至千矣』因稱千瓠。織田氏出軍也,桐號瓠表,敵望而避之。」(写真)とある。 ・百且千:百がまたその上千となることを謂う。
※千瓢所向無勍敵:千成瓢箪の向かうところ敵無く。 ・千瓢:千成瓢箪(写真上)。 ・所向:向かうところ。「所向無敵」として、熟語に準じて使われる・『日本外史』では「織田氏出軍也,桐號瓠表,敵望而避之。」とある。 ・勍敵〔けいてき;qing2di2○●〕強敵。手強(てごわ)い相手。
※叱咤忽握四海権:(豊臣秀吉は自分の軍勢を)大きな声で励まして(軍令を下し)、国内の統治権を掌握した。 ・叱咤:〔しった;chi4zha4●●〕大きな声ではげます。大声でしかりつける。前出・荻生徂徠の『寄題豐公舊宅』に「絶海樓船震大明,寧知此地長柴荊。千山風雨時時惡,猶作當年叱咤聲。」とあり、江戸時代・梁川星巖の『田氏女玉葆畫常盤抱孤圖』に「雪灑笠檐風卷袂,呱呱索乳若爲情。他年銕枴峰頭嶮,叱咤三軍是此聲。」とある。これらの叱咤の声の主は、それぞれ豊臣秀吉である。 ・忽:〔こつ;hu1●〕たちまち。にわかに。 ・四海権:国内の統治権のことを謂う。
※瓢兮瓢兮我愛汝:瓢箪よ瓢箪よ、わたしはおまえが好きだ。
※悠悠時運幾変遷:長く久しい間に、時のまわり合わせは何回かの変遷があった。 ・悠悠:遠くはるかなさま。限りないさま。長く久しいさま。ゆつたりと落ち着いたさま。また、憂えるさま。思うさま。前者の例に唐・武元衡の『題嘉陵驛』「悠悠風旆繞山川,山驛空濛雨作煙。路半嘉陵頭已白,蜀門西更上天。」があり、後者の例に『詩經・王風』の『黍離』「彼黍離離,彼稷之苗。行邁靡靡,中心搖搖。知我者,謂我心憂,不知我者,謂我何求。悠悠蒼天,此何人哉。 彼黍離離,彼稷之穗。行邁靡靡,中心如醉。知我者,謂我心憂,不知我者,謂我何求。悠悠蒼天,此何人哉。 彼黍離離,彼稷之實。行邁靡靡,中心如噎。知我者,謂我心憂,不知我者,謂我何求。悠悠蒼天,此何人哉。」があり、曹操に『短歌行』「對酒當歌,人生幾何。譬如朝露,去日苦多。慨當以慷,憂思難忘。何以解憂,唯有杜康。青青子衿,悠悠我心。 但爲君故,沈吟至今。鹿鳴,食野之苹。我有嘉賓,鼓瑟吹笙。」がある。 ・時運:時のまわり合わせ。時のめぐり。
※亜聖至楽誰復踵:聖人(・孔子)に次ぐ者(顔回)は(真理を悟り実践するという)「楽」のきわみを一体だれがまた受け継いでいるのか。(だれも受け継いではないではないか。)。 ・亜聖:聖人に次ぐ者。ここでは、前出・顔回を指す。 ・至楽:楽のきわみ。前出・顔回の「一箪食,一瓢飮,在陋巷」不改其樂。」を指す。 ・誰復:だれがまた…しようか。(だれも…ない。)たれかまた。 ・踵:〔しょう;zhong3●〕継ぐ。続く。追う。また、くびす。きびす。かかと。ここは、前者の意。
※太閤雄図何忽焉:豊太閤の雄々しいはかりごと(=天下統一)は、(突然に歴史の舞台に現れてたちまちの内に消えていき)何とも見定めがたいことだった。 ・太閤:〔たいかふ;tai4ge2●●〕(国語=日本語)関白の職をその子に譲った者の称。ここでは、豊臣秀吉のこと。 ・雄図:雄大な計画。勇ましく大きな謀(はか)りごと。壮図。後世、雲井龍雄の『釋大俊發憤時事慨然有濟度之志將歸省其親於尾州賦之以贈焉』に「生當雄圖蓋四海,死當芳聲傳千祀。非有功名遠超群,豈足喚爲眞男子。俊師膽大而氣豪,憤世夙入祇林逃。雖有津梁無處布,難奈天下之滔滔。惜君奇才抑塞不得逞,枉方其袍圓其頂。底事衣鉢僅潔身,不爲鹽梅調大鼎。天下之溺援可收,人生豈無得志秋。或至虎呑狼食王土割裂,八州之草任君馬蹄踐蹂。君今去向東海道,到處山河感多少。古城殘壘趙耶韓,勝敗有跡猶可討。參之水 駿之山,英雄起處地形好。知君至此氣慨然,當悟大丈夫不可空老。」と使う。 ・何:なんと。感嘆の表現。 ・忽焉:〔こつえん;hu1yan1●○〕たちまち。突然。見定めがたいさま。「忽焉」の読み下しは(『謫居詩存』と『東湖詩鈔』とでは)「忽焉なり」とされているが、「忽焉」は国語(日本語)では形容動詞「たり活用」なので、「忽焉たり」とした。 ・−焉:形容詞などの後に附いて状態を表す。≒…然。≒…如。
※不用独醒吟沢畔:(屈原のとった態度のように、世人は酔っているが)自分独りだけ(は酔うことなく)醒(さ)めて、(『楚辭』の『漁父』の屈原のように)沼沢のほとりで、詩を吟じなくてもよく。 ・不用-:…するには及ばない。…必要がない。 ・独醒:(世人は酔っているが)自分独りだけ(は酔うことなく)醒(さ)めている。屈原を詠った『楚辭』漁父に基づく。『楚辭』の『漁父』に「屈原既放,游於江潭行吟澤畔,顏色憔悴,形容枯槁。漁父見而問之曰:「子非三閭大夫與?何故至於斯?」屈原曰:「舉世皆濁我獨C,衆人皆醉我獨醒,是以見放。」漁父曰:「聖人不凝滯於物,而能與世推移。世人皆濁,何不淈其泥而揚其波?衆人皆醉,何不餔其糟而歠其釃?何故深思高舉,自令放爲?」屈原曰:「吾聞之:新沐者必彈冠,新浴者必振衣。安能以身之察察,受物之汶汶者乎?寧赴湘流,葬於江魚之腹中,安能以皓皓之白,而蒙世俗之塵埃乎?」漁父莞爾而笑,鼓竡ァ去。乃歌曰: 「滄浪之水C兮,可以濯我纓,滄浪之水濁兮,可以濯我足。」遂去,不復與言。」とある。 ・沢畔:沼沢のほとり。前出・『楚辭・漁父』のはじめの部分に基づく。
※只合長酔伴謫仙:謫仙人といわれた李白を伴って、ただ、いつまでも酒に酔っていればいいことだろう。 ・只合:ただまさに。韋荘の『菩薩蛮』に「人人盡説江南好,遊人只合江南老。春水碧於天,畫船聽雨眠。」とある。 ・只合:ただ まさに。 ・合:きっと…だろう。…すべきである。…するのがふさわしい。まさに…べし。 ・長酔:いつまでも酔う。李白に『將進酒』「君不見黄河之水天上來,奔流到海不復回。君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。人生得意須盡歡,莫使金尊空對月。天生我材必有用,千金散盡還復來。烹羊宰牛且爲樂,會須一飮三百杯。岑夫子,丹丘生。將進酒,杯莫停。與君歌一曲,請君爲我傾耳聽。鐘鼓饌玉不足貴,但願長醉不用醒。古來聖賢皆寂寞,惟有飮者留其名。陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣歡謔。主人何爲言少錢,徑須沽取對君酌。五花馬,千金裘。呼兒將出換美酒,與爾同銷萬古愁。」とある。 ・伴: ・謫仙:謫仙人といわれた李白のこと。
※瓢兮瓢兮我愛汝:瓢箪よ瓢箪よ、わたしはおまえが好きだ。
※汝能愛酒不愧天:おまえ(=瓢箪)は、よく酒を愛するが、天にはじることはない。 ・能:よく。 ・愛酒:酒を愛する。唐・李白の『月下獨酌四首』之二に「天若不愛酒,酒星不在天。地若不愛酒,地應無酒泉。天地既愛酒,愛酒不愧天。已聞清比聖,復道濁如賢。賢聖既已飲,何必求神仙。三杯通大道,一斗合自然。但得酒中趣,勿爲醒者傳。」とある。 ・不愧天:天にはじるところがない。『史記』刺客列傳・豫讓「嗟乎!士爲知己者死,女爲説己者容。今智伯知我,我必爲報讎而死,以報智伯,則吾魂魄不愧矣。」や『史記・項羽本紀』の赤字部分で「於是項王乃欲東渡烏江。烏江亭長艤船待,謂項王曰:「江東雖小,地方千里,衆數十萬人,亦足王也。願大王急渡。今獨臣有船,漢軍至,無以渡。」項王笑曰:「天之亡我,我何渡爲。且籍與江東子弟八千人渡江而西,今無一人還,縱江東父兄憐而王我,我何面目見之。縱彼不言,籍獨不愧於心乎。」とある。
※消息盈虚与時行:栄枯盛衰は、時とともに移り行くものだ(からだ)。 ・消息:〔せうそく;xiao1xi1○●〕消えることと生じること。また、音信。たより。手紙。動静。消長。ここは、前者の意。 ・盈虚:〔えいきょ;ying2xu1○○〕満ちることと缺けること。北宋・蘇軾の『前赤壁賦』に「壬戌之秋,七月既望,蘇子與客泛舟遊於赤壁之下。清風徐來,水波不興。擧酒屬客,誦『明月』之詩,歌『窈窕』之章。少焉,月出於東山之上,徘徊於斗牛之間。白露江,水光接天。縱一葦之所如,凌萬頃之茫然。浩浩乎如馮虚御風,而不知其所止;飄飄乎如遺世獨立,忠サ而登仙。於是飮酒樂甚,扣舷而歌之。歌曰:「桂櫂兮蘭槳,撃空明兮泝流光。渺渺兮予懷,望美人兮天一方。」客有吹洞簫者,倚歌而和之。其聲鳴鳴然,如怨如慕,如泣如訴;餘音嫋嫋,不絶如縷,舞幽壑之潛蛟,泣孤舟之嫠婦。蘇子愀然,正襟危坐而問客曰:「何爲其然也?」客曰:「『月明星稀,烏鵲南飛,』此非曹孟コ之詩乎?西望夏口,東望武昌,山川相繆,鬱乎蒼蒼,此非孟コ之困於周カ者乎?方其破荊州,下江陵,順流而東也,舳艫千里,旌旗蔽空,釃酒臨江,槊賦詩,固一世之雄也,而今安在哉?況吾與子漁樵於江渚之上,侶魚蝦而友麋鹿,駕一葉之輕舟,擧匏樽以相属;寄蜉蝣於天地,渺滄海之一粟。哀吾生之須臾,羨長江之無窮。挾飛仙以遨遊,抱明月而長終。知不可乎驟得,託遺響於悲風。」蘇子曰:「客亦知夫水與月乎?逝者如斯,而未嘗往也;盈虚者如彼,而卒莫消長也。蓋將自其變者而觀之,則天地曾不能以一瞬;自其不變者而觀之,則物與我皆無盡也。而又何羨乎!且夫天地之間,物各有主,苟非吾之所有,雖一毫而莫取。惟江上之C風與山間之明月,耳得之而爲聲,目遇之而成色。取之無禁,用之不竭,是造物者之無盡藏也,而吾與子之所共適。」客喜而笑,洗盞更酌。肴核既盡,杯盤狼藉。相與枕藉乎舟中,不知東方之既白。」とある。 ・与時-:時とともに(…する)。晉・陶潛の『飮酒二十首』其九に「C晨聞叩門,倒裳往自開。問子爲誰歟,田父有好懷。壺漿遠見候,疑我與時乖。襤縷茅簷下,未足爲高栖。一世皆尚同,願君汨其泥。深感父老言,稟氣寡所諧。紆轡誠可學,違己詎非迷。且共歡此飮,吾駕不可回。」とある。
※有酒危坐無酒顛:(瓢箪に)酒が入っていれば、(瓢箪は)正坐をしていて(=瓢箪は倒れることなく立っていて)、(瓢箪の中に)酒が中に入っていなければひっくり返るということだ。 ・危坐:正坐する。 ・危:正しい。 ・酒顛:酒でひっくり返る。酒でひっくり返るのを詠った詩に前出・李白の『襄陽歌』「落日欲沒峴山西,倒著接花下迷。襄陽小兒齊拍手,街爭唱白銅鞮。傍人借問笑何事,笑殺山公醉似泥。鸕鶿杓,鸚鵡杯。百年三萬六千日,一日須傾三百杯。遙看漢水鴨頭香C恰似葡萄初醗。此江若變作春酒,壘麹便築糟丘臺。千金駿馬換小妾,笑坐雕鞍歌落梅。車旁側挂一壺酒,鳳笙龍管行相催。咸陽市中歎黄犬,何如月下傾金罍。君不見晉朝羊公一片石,龜頭剥落生莓苔。涙亦不能爲之墮,心亦不能爲之哀。清風朗月不用一錢買,玉山自倒非人推。舒州杓,力士鐺。李白與爾同死生,襄王雲雨今安在,江水東流猿夜聲。」がある。これは、「玉山自倒」のことで、竹林の七賢の一である魏の康の酒に酔ったさまは、彼の大柄さと人格の偉大さから、玉山がまさに崩れそうな様子だったという。『世説新語・容止第十四・5』に「康身長七尺八寸,風姿特秀。見者嘆曰:『蕭蕭肅肅』。山公曰:『叔夜爲人也,岩岩若孤松之獨立;其醉也,傀俄若玉山之將崩。』」とある。
※汝危坐時我未酔:おまえ(=瓢箪)が正坐する(=酒がいっぱいに入っている瓢箪が立っている)時は、わたし(=作者)はまだ酔っぱらっていないで。
※汝欲顛時我欲眠:(瓢箪の中の酒が無くなって)おまえが倒れようとする時、わたしは(酔っぱらって)眠りたくなる(=横になりたい)。 ・欲眠:ねむりたい。李白に『山中與幽人對酌』「兩人對酌山花開,一杯一杯復一杯。我醉欲眠卿且去,明朝有意抱琴來。」がある。
※一酔一眠吾事足:ひとたび酔えばひとたび眠る、それでわたしのなすべきつとめは、充分である。 ・吾事:わたしのつとめ。わたしの仕事。中唐・白居易の『劉十九同宿』に「紅旗破賊非吾事,黄紙除書無我名。唯共嵩陽劉處士,圍棋賭酒到天明。」とある。また、この句に基づき、日本・鎌倉時代の藤原定家の「紅旗征戎非吾事」が生まれた。なお、定家の「紅旗征戎非吾事」の平仄は「○○○○○○●」となり(近体詩でなくとも、『楚辭』などを除いて)極めて変則的なもの。但し、「紅旗征戎 吾が事に非ず」という読み下しは、日本語としては美しいものとなっている。
※世上窮通何処辺:世間の困窮と栄達は、どこら辺にあろうか。(わたしには関わりのないことだ)。 ・世上:〔せじゃう;shi4shang4●●〕世の中。世間。 ・窮通:行き詰まると都合よく行くと。困窮と栄達。窮達。東晉・陶潛『飮酒』其十五に「貧居乏人工灌木荒余宅。班班有翔鳥,寂寂無行迹。宇宙一何悠,人生少至百。歳月相催逼,鬢邊早已白。若不委窮達,素抱深可惜。」 とあり、五代・馮道の『天道』には「窮達皆由命,何勞發嘆聲。但知行好事,莫要問前程。冬去氷須拌,春來草自生。請君觀此理,天道甚分明。」とある。 ・何処:どこ。いづこ。
***********
◎ 構成について
韻式は、「AAAAAAAAAAAAA」。韻脚は「賢年傳憐千權遷焉仙天顛眠邊」で、平水韻下平一先。この作品の平仄は、次の通り。
○○○○●●●,
●○●○○●○。(韻)
●●○○●●●,
●○●●○○○。(韻)
○●●●○●●,
○○○●●●○。(韻)
○○○○●●●,
●●○●○○○。(韻)
○○●●○○●,
●●○●●●○。(韻)
○○●●○○●,
●●●●●●○。(韻)
○○○○●●●,
○○○●●●○。(韻)
●●●●○●●,
●●○○○●○。(韻)
●●●◎○●●,
●●○●●●○。(韻)
○○○○●●●,
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平成22.10.22 10.23 10.24 10.25 10.26 (10.27〜28岐阜城) (10月胃痛甚) 10.29 10.31 11. 1 11.2 11.3 11.10 11.11 |
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