無題 | ||
福原麟太郎 | ||
萬籟欹耳冷土都, 暮霧忽至光芒乱。 仰看高天王礼恩, 射殺隠仙邪吏徒。 |
萬籟 耳を欹つ 冷土の都,
暮霧 忽ち至りて 光芒 乱る。
仰ぎ看る 高天の 王礼恩や,
射殺せ 隠仙邪吏の徒を。
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◎ 私感註釈:
※福原麟太郎:英文学者、随筆家。 広島県沼隈郡神村(現・福山市)生まれ。1894年(明治二十七年)〜1981年(昭和五十六年)。
※無題:空襲の光景を、英単語を詠み込んで、七言四句に表した希有な漢詩。伊勢丘人先生より福原麟太郎の業績を紹介する企画展『福原麟太郎とその時代』に出展されていた作品で英語を織り込んだ珍しい詩の紹介があり、ここにとりあげた。
※萬籟欹耳冷土都:多くの音に耳をそばだたせれば、苦しんでいる帝都の響きであり。 ・萬籟:〔ばんらい;wan4lai4●●〕万物のひびき。多くの音声。が風に吹かれて鳴る音。風の音。衆籟。 ・籟:〔らい;lai4●〕ふえ。(穴の三つある)笛。ひびき。音響。風が通って発する音。 ・欹耳:〔きじ;qi1er3○●〕耳をそばだたせる。耳を傾ける。 ・欹:〔き;qi1○〕(一方に)傾く。≒攲。 ・冷土:よく意味が分からない。字義通りだと、冷たい土、となるが…。「レイド」lade(苦しむ)か。 都:ここでは、帝都・東京を指そう。
※暮霧忽至光芒乱:(目に入るのは、)ボム(爆弾)が忽(たちま)ちのうちに来て、(探照灯や焼夷弾の)尾をひく光のすじが乱れている。 ・暮霧:「ボム」=Bomb(爆弾)。作者の日記(1944年12月24日)では「ボム」とルビが振られている。記録によると、東京都江戸川区方面に空襲があった。 ・忽:〔こつ;hu1●〕副詞:たちまち(に)。にわか(に)。すみやか(に)。動詞:滅びる。なくなる。ここは、前者の意。 ・至:いたる。 ・光芒:〔くゎうばう;guang1mang2○○〕尾をひく光のすじ。B29編隊に対する地上からの探照灯の光の筋を指すか。或いは、火の雨のように降り注ぐ焼夷弾の火のことか。宋・陸游の『金錯刀行』に「黄金錯刀白玉裝,夜穿窗扉出光芒。丈夫五十功未立,提刀獨立顧八荒。京華結交盡奇士,意氣相期共生死。千年史冊恥無名,一片丹心報天子。爾來從軍天漢濱,南山曉雪玉嶙峋。嗚呼,楚雖三戸能亡秦,豈有堂堂中國空無人。」とある。 ・乱:「亂」字の省略形の略字。(現在の常用漢字字体でもある)。
※仰看高天王礼恩:高い(夜)空のオリオンを仰(あお)ぎ見て、(願わくは)弓の名手・オリオンよ。 ・仰看:上のほうを向いて見る。仰(あお)ぎ見る。 ・高天:高い空。また、秋の空。ここは、前者の意。 ・王礼恩:「オライオン」=Orion(オリオン)。ギリシア神話で、弓の名手の狩人の名。蠍(さそり)に刺されて死に、やがて天に昇って星座となった。作者の日記(1944年12月24日)では「オライオン」とルビが振られている。「礼」字は「禮」字の古字の変形で、現・常用漢字字体表の形で、教育漢字。
※射殺隠仙邪吏徒:放火犯の輩(やから)を射(い)殺してしまえ。 ・射殺:射(い)殺す。kill (incendiaries) with an arrow ここでは、命令形として使われる。 ・隠仙邪吏:「インセンヂャリ」=incendiary(焼夷弾または放火犯)。作者の日記(1944年12月24日)では「インセンヂャリ」とルビが振られている。 ・徒:僕(しもべ)。従者。
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◎ 構成について
韻式は、「AA」。韻脚は「都徒」で、平水韻上平七虞。この作品の平仄は、次の通り。
●●○●●●○,(韻)
●●●●○○●。
●◎○○○●○,
●●●○○●○。(韻)
平成22.12.18 (パソコン不調) 12.29 12.30 |
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