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海道日記 大佛
              山鹿素行 

驛路遙催八月天,
如來堂上擲金錢。
杳杳漁舟溟烟裏,
滿目江山皆自然。






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海道日記 大佛

驛路(えき ろ ) (はる)かに(もよほ)す  八月の天,
如來(にょらい)堂上  金錢を(なげう)つ。
杳杳(えうえう)たる漁舟(ぎょしう)  溟烟(めいえん)(うち)
滿目(まんもく) 江山(かうざん)  (みな) 自然。


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◎ 私感註釈:

※山鹿素行:江戸時代前期の儒者・兵学者。1622年(元和八年)〜1685年(貞享二年)。名は高祐。字は子敬。号して素行。会津の人。江戸に出て林羅山に儒学を学び、小幡景憲、北条氏長の下で軍学を、小幡景憲・北条氏長に兵学を学び、その後も、神道・歌学・仏法などをも修め、名声を揚げた。後に、当時の官学であった朱子学を批判して、古代の聖賢にかえることを主張した『聖教要録』を刊行したため、播州赤穂に流された。その地で赤穂藩士の教育を行う。赤穂事件(赤穂義士の討ち入り『仮名手本忠臣蔵』の基となる事件)で討ち入りを果たした大石良雄もその地の門弟の一人。その間に日本主義を提倡。晩年に許されて江戸にかえる。

※海道日記:山鹿素行が播州・浅野家に聘せられて、承応二年八月に江戸を発して赤穂に赴いた時の道中記。この詩はその中にある漢詩。なお、これらは岩波書店が昭和十六〜十七年に発行した『山鹿素行全集』第一巻(昭和十七年五月十五日発行)に拠る。
  余談に亘るが戦時中にもかかわらず、見事な装幀で紺色のしっかりした麻布(?)装で、背文字は金(銀?)押しである。我が家には、『山鹿素行全集』第一巻、第二巻、第三巻、第六巻、第七巻、第八巻、第九巻、第十巻、第十一巻、第十四巻がある。全巻が揃っていないのは、この七十年の間に失われたのか、それとも、戦争が激しくなったために、発行が止まったのか。

※大仏:曾て芝高輪の泉岳寺の南隣に創建された如来寺で、五智如来像を安置していたことから「高輪の大仏(おほぼとけ)」と呼ばれた如来大仏のこと。寺院は後の元禄十一年(1698年)に、下谷坂本に、更に、明治末期に現在の東京都品川区の西大井に移転を重ねた。この詩は承応二年(1653年)の作なので、高輪にあった時を詠う。「自江戸二里安置五智如來(「江戸より二里、五智如來を安置す)」と自註がある。この詩は、唐・杜荀鶴の『秋宿臨江驛』「南來北去二三年,年去年來兩鬢斑。舉世盡從愁裏老,誰人肯向死前閑。
漁舟火影寒歸浦,驛路鈴聲夜過山。身事未成歸未得,聽猿鞭馬入長關。」の影響を受けた。日本では『和漢朗詠集』「巻下・山水」で「漁舟火影寒燒浪(『全唐詩』では「燒浪」部分を「歸浦」とする),驛路鈴聲夜過山(漁舟の火の影は寒うして浪を燒く 驛路の鈴の聲は夜山を過ぐ)」の部分が紹介され、「杜荀鶴」)となっている。(蛇足になるが、「白楽天」とするのは誤。その一つ前が白楽天(白居易)の聯)。

※駅路遥催八月天:宿場を通っている街道は、遥か遠くまで陰暦八月の仲秋の空になろうとしており。 ・駅路:〔えきろ;yi4lu4●●〕宿場を通っている道。街道。旅路。 ・遥:はるか(に)。 ・催:〔さい;cui1○〕もよおす。うながす。せきたてる。 ・八月:仲秋。陰暦八月のことで、秋のちょうど真ん中の月。 ・天:そら。

※如来堂上擲金銭:如来堂では、御賽銭を投げ入れた。 ・如来堂:五智如来像を安置したお堂。この如来寺の五智如来(ごちにょらい)とは、薬師如来・宝生如来・大日如来・阿弥陀如来・釈迦如来のこと。 ・擲:〔てき;zhi4●〕なげつける。なげうつ。 ・金銭:ここでは、御賽銭を指す。

※杳杳漁舟溟烟裏:ずっと遠くの漁(りょう)をする小さな舟は、海上のもやのなかで。 ・杳杳:〔えうえう;yao3yao3●●〕遠いさま。遠いさま。暗く遥かなさま。日没後の暗いさま。ほのかなさま。はっきりしないさま。『古詩十九首之十三』「驅車上東門,遙望郭北墓。白楊何蕭蕭,松柏夾廣路。下有陳死人,杳杳即長暮。潛寐黄泉下,千載永不寤。浩浩陰陽移,年命如朝露。人生忽如寄,壽無金石固。萬歳更相送,賢聖莫能度。服食求~仙,多爲藥所誤。不如飮美酒,被服與紈素。」や、劉長卿『送靈K』「蒼蒼竹林寺,杳杳鐘聲晩。荷笠帶斜陽,青山獨歸遠。」や寇準『江南春』「杳杳煙波隔千里,白蘋香散東風起。日落汀洲一望時,柔情不斷如春水。」とある。 ・漁舟:漁(りょう)をする小さな舟。江戸時代のこの辺りは、東海道の江戸の玄関口として栄えた海岸沿いの街道で、当時は房総半島まで眺望できたという。それ故、詩にも海上の光景描写がある。 ・溟烟:〔めいえん;ming2yan1○○〕薄暗いかすみ。海に降りた霧。 ・裏:うち。

※満目江山皆自然:目に見えるかぎりの山河は、すべて本来のままの姿である。 ・満目:見わたすかぎり。目に見えるかぎり。目にいっぱいに満ちる。また、目の中にありありと浮かんではなれない。ここは、前者の意。 ・江山:〔かうざん;jiang1shan1○○〕川と山。山川。単に山水を謂うだけではなく、大地、祖国の山河。祖国の地といった、生活空間を指す。蛇足になるが、「江湖」は世間、世の中の意。 ・自然:本来のままで、人工が加わらない状態。


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◎ 構成について

韻式は、「AAA」。韻脚は「天錢然」で、平水韻下平一先。この作品の平仄は、次の通り。

●●○○●●○,(韻)
○○○●●○○。
●●○○○○●,
●●○○○●○。(韻)
平成23.1.11PC復活
      1.12
      1.13
      1.16



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