春日郊行。途中菘菜花盛開。先是菅先生有養痾邸舎未尋芳之句、乃剪數莖奉贈、係以詩。 | ||
伊澤蘭軒 |
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桃李雖然一樣新。 担頭賣過市鄽塵。 贈君野菜花千朶。 昨日携歸郊甸春。 |
桃李 一樣 に新 たなりと雖然 も。
頭 に担 ひ賣 り過 ぐ市鄽 の塵 。
君に贈る野 の菜花 千朶 は。
昨日 携 へ歸りし郊甸 の春なり。
春日郊行 。途中菘菜花盛開 。先是菅先生 有養痾邸舎 未尋芳之句 、乃剪數莖奉贈 、係以詩 。
桃李雖然一樣新 。
担頭賣過市鄽塵 。
贈君野菜花千朶 。
昨日携歸郊甸春 。
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◎ 私感註釈
※伊澤蘭軒:江戸時代後期の儒者:医者。安永六年(1777年)〜 文政十二年(1829年)名は信恬、通称は辞安、号して蘭軒。備後福山藩医の生まれ。医学を目黒道琢・武田叔安・本草学を赤荻由儀らに、儒学を泉豊洲に学ぶ。長崎にも遊学、帰国後、福山藩医兼儒官。
※春日郊行。途中菘菜花盛開。先是菅先生『有養痾邸舎未尋芳』 之句、乃剪数茎奉贈。係以詩:春の日に郊外へ出かけた。途上では菜の花が盛んに開いていた。この前、菅先生に『養痾邸舎未尋芳』 の句があったので、数本を切って贈らせていただいた。(花束は)詩箋で束ねた。 *森鴎外の著作『伊澤蘭軒』その二十四に拠ると、文化元年(1804年)正月に、菅茶山が新藩主に因って江戸に召された。この際、江戸について微恙(=軽い病)のため阿部家の小川町の上屋敷に困臥していたという旨が記されている。森鴎外の『伊澤蘭軒』その二十四に拠ると、菅茶山は江戸藩邸で病臥した時『江戸邸舎臥病』の二絶「養痾邸舎未尋芳。聊買瓶花插臥床。遙想山陽春二月。手栽桃李滿園香。」と「閑窓日対藥爐烟。不那韶華病裡遷。キ門樂事春多少。時見風箏泝半天。」を作った。これを知った伊澤蘭軒は本ページの詩を作った(森鴎外『伊澤蘭軒』二十四)。なお、上記黒字部分が掲載されていた詩と読み下し部分。本詩の読み下しはそれに倣う。 ・菘菜花:〔すうさいくゎ;song1cai4hua1○●○〕菜の花。唐菜。スズナ。アブラナ科の植物。
※桃李雖然一様新:(菅先生が枕元に活けられた)モモやスモモの(花)は、全てが新鮮であるとはいうものの。 ・桃李:モモとスモモ。 ・雖然:…であるが。…とはいうものの。いえども。「雖然-」は譲歩の意味を表し、主従句を作る。現代語でも、普通によく使われる語。文語の「雖」に同じ。 ・一様:全部が同じさまである。同様(に)。 ・新:新鮮である。盛唐・王維の『送元二使安西』「渭城朝雨輕塵,客舎柳色新。勸君更盡一杯酒,西出陽關無故人。」の「新」の意に同じ。
※担頭売過市鄽塵:(それらの花は、花売りが)頭の上に載せて、売りに来ており、町の店の塵を被(かぶ)って(おり、少し穢れているのです)。 ・担頭:頭に載せて運ぶ。頭に担ぐ。 ・売過:売りながら通り過ぎる意として使われる。 ・市鄽:〔してん;shi4chan2●○〕店。店舗。町の店。「鄽」=「壥」。
※贈君野菜花千朶:あなたに野に咲く(清らかな)菜の花を千本贈りましょう。 ・野菜花千朶:この部分鴎外は「ののさいくゎせんだ」と読んでいる。通常、「□□□□□□□」の句は、(数少ない例外の「■■■■・■+■■」を除いて)、「■■■■+■■■」とする節奏が通常であり、「贈君野菜花千朶」を、「ののさいくゎせんだ」に合わせて切ると「贈君 野・菜花+千朶」となる。標準的な節奏ではない。ただ、この詩句の「野」は、前出の「市鄽塵」(街中の塵や穢れ)に対する「野」(自然の清らかさ)の意で、この詩の中で一番重要な語であり、その解釈や読みは、忽(ゆるが)せに出来ない。鴎外の通り「野の菜花・千朶」だろう。ここを節奏通り読めば「贈君 野菜+花 千朶」(君に贈る・野菜の 花・千朶(を))となり、「野に生えた菜の、花を千本」となる。果たして、どちらが佳いか。 ・千朶:千本の枝。詩の前書き(詩題?)には「數莖」とあり、数の上では大きな隔たりがあるが…。
※昨日携帰郊甸春:(その花は、わたしが手ずから)昨日、郊外の春から持って帰ったものです。(そのため、街の塵は附いてはおりません)。 ・携帰:持って帰る。 ・郊甸:〔かうでん;jiao1dian4○●〕城門外と更にその外周地域。街外れ。郊外。城の外囲いの外を「郊」といい、「郊」の外を「甸」という。
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◎ 構成について
韻式は、「AAA」。韻脚は「新塵春」で、平水韻上平十一真。この作品の平仄は、次の通り。
○●○○●●○,(韻)
●○●○●○○。(韻)
●○●●○○●,
●●○○○●○。(韻)
平成23.5.29 5.30 |
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