篠原国幹逸題　日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 Ribengushi


逸題

	篠原國幹
飮馬綠江果何日，一朝事去壯圖差。此閒誰解英雄恨，袖手春風詠落花。

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逸題

馬を　綠江(りょくかう)に飮(みづか)ふは　　果(はた)して何(いづ)れの日ぞ，
一朝(いってう)　事(こと) 去(さ)りて　　壯圖(さうと ) 差(たが)ふ。
此(こ)の閒(かん)　誰(たれ)か解せん　　英雄の恨(うらみ)，
手を袖(そで)にして　春風(しゅんぷう)　　落花を詠(えい)ず。

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◎　私感註釈

※篠原国幹：薩摩藩士。軍人。陸軍少将。天保七年(１８３６年）～明治十年（１８７７年) 通称冬一郎。幕末、寺田屋騒動に参画。戊辰戦争に小隊長として転戦。近衛局出仕。陸軍少将。明治六年（１８７３年）、征韓論が敗れるや西郷隆盛に従って下野。西南戦争で薩摩軍一番大隊長として熊本城を攻撃、次いで、南下した政府軍を防いで戦死。

※逸題：詩題を附ける機会をのがして、題がない。 *征韓論からの敗退を詠う。詩の内容から考えて、明治六年（１８７３年）から明治十年（１８７７年)頃までのものと思われる。征韓論とは、明治初年の対朝鮮強硬論。一般に、明治六年（１８７３年）の参議・西郷隆盛らによる、士族を中心とした不満を征韓によってそらし、国内改造を目指した論のこと。同様に、征韓論を詠ったものに明治・江藤新平の『逸題』「欲掃胡塵盛本邦，一朝蹉跌臥幽窗。可憐半夜蕭蕭雨，殘夢猶迷鴨綠江。」がある。

※飲馬緑江果何日：軍馬を（朝鮮の北方まで進めて）鴨緑江で（馬に）水を飲ませることは、はたして何日（いつ）のことになるのやら。　・飲馬：馬にみずかう。馬に水を飲ませる。　・飲：〔いん；yin4●〕みずかう。家畜に水を飲ませる。のましむ。「…に　のませる」という使役の場合は去声。なお、「のむ」意は〔いん；yin3●〕。蛇足になるが、この上声、去声の使い分けは現代語にも引き継がれ、「のむ」の意味で使う場合は〔上声yin3〕で、「（馬や家畜に水を）のませる」は、“飲馬”“飲牲口”などと、〔去声yin4〕となる。盛唐・王翰の『古長城吟（飮馬長城窟行）』に「長安少年無遠圖，一生惟羨執金吾。麒麟前殿拜天子，走馬西撃長城胡。胡沙獵獵吹人面，漢虜相逢不相見。遙聞撃鼓動地來，傳道單于夜猶戰。此時顧恩寧顧身，爲君一行摧萬人。壯士揮戈回白日，單于濺血染朱輪。歸來飲馬長城窟，長城道傍多白骨。問之耆老何代人，云事秦王築城卒。黄昏塞北無人煙，鬼哭啾啾聲沸天。無罪見誅功不賞，孤魂流落此城邊。當昔秦王按劍起，諸侯膝行不敢視。富國強兵二十年，築怨興徭九千里。秦王築城何太愚，天實亡秦非北胡。一朝禍起蕭墻内，渭水咸陽不復都。」とあり、唐・廬弼（廬汝弼）の『和李秀才辺庭四時怨』（其四冬）に「朔風吹雪透刀瘢，飲馬長城窟更寒。半夜火來知有敵，一時齊保賀蘭山。」とある。　・緑江：〔りょくかう；Lu4jiang1●○〕鴨緑江〔あふりょくかう；Ya1lu4jiang1●●○〕のこと。現在では中国と朝鮮の国境を西に流れる川。長白山（白頭山）が源で、黄海に注ぐ。『中国歴史地図集』第六冊　宋・遼・金時期（中国地図出版社）４８－４９ページ「上京路　東京路」にある。金と高麗の国境は婆速路（現・丹東）より真東に延びており、現・北朝鮮北部の山岳地帯は金の東京路の婆速路だった。なお、唐代でも同様で、『中国歴史地図集』第五冊　隋・唐・五代十国時期（中国地図出版社）７８－７９ページ「渤海」鴨淥府・南海府。　・何日：いつ。なお「何時」も近似の義だが、「何日」（○●）は●●とすべきところで用い、「何時」（○○）は○○とすべきところで用いる。盛唐・王維の『凝碧詩』菩提寺禁，裴迪來相看説：逆賊等凝碧池上作音樂，供奉人等舉聲，便一時涙下。私成口號，誦示裴迪。「萬戸傷心生野煙，百官何日再朝天。秋槐葉落空宮裏，凝碧池頭奏管絃。」とあり、盛唐・李白の『子夜呉歌』に「長安一片月，萬戸擣衣聲。秋風吹不盡，總是玉關情。何日平胡虜，良人罷遠征。」とあり、同・李白の『三五七言』に「秋風清，秋月明。落葉聚還散寒鴉棲復驚。相思相見知何日，此時此夜難爲情。」とあり、中唐・張謂の『同王徴君湘中有懷』に「八月洞庭秋，瀟湘水北流。還家萬里夢，爲客五更愁。不用開書帙，偏宜上酒樓。故人京洛滿，何日復同遊。」とある。「何時」では、初唐・宋之問の『下嵩山歌』に「下嵩丘兮多所思，攜佳人兮歩遲遲。松間明月長如此，君再遊時復何時。」とあり、盛唐・杜甫の『春日憶李白』に「白也詩無敵，飄然思不群。清新庾開府，俊逸鮑參軍。渭北春天樹，江東日暮雲。何時一尊酒，重與細論文。」とあり、南唐後主・李煜『虞美人』「春花秋月何時了，往事知多少。小樓昨夜又東風，故國不堪回首　月明中。　　　雕欄玉砌應猶在，只是朱顏改，問君能有幾多愁。恰似一江春水　向東流。」がある。

※一朝事去壮図差：ある朝、事（＝征韓論）が敗れて、壮大なもくろみに齟齬（そご）を来（きた）した。　・一朝：ひとあさ。ある朝。ひとたび。にわかに。＝一旦。　・事去：ここでは､征韓論が敗れて下野したことを謂う。　・壮図：〔さうと；zhuang4tu2●○〕大きな計画。壮大なもくろみ。　・差：くいちがう。たがう。動詞の用法。

※此間誰解英雄恨：（本来、風雲に侍す）英雄（＝作者自身）の（心底の）この経緯を誰が理解してくれようか。　・誰解：だれがわかろうか、だれも理解しない。　・英雄：才能・武略などの非常にすぐれている人。ここでは､作者自身を謂う。

※袖手春風詠落花：手をそでの中に入れたままで（＝手をこまねいて何もせずに）、春風（はるかぜ）に散りゆく花を詩歌にうたう（文雅、風雅な生活を送っているが……）。　・袖手：〔しうしゅ；xiu4shou3●●〕手をそでの中に入れる。ふところ手（で）。何もしないでいる。＝拱手。　・詠落花：散りゆく花を詩歌にうたうことで、文雅、風雅な生活を謂う。

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◎　構成について

韻式は、「AA」。韻脚は「差花」で、平水韻下平六麻。この作品の平仄は、次の通り。

●●●○●○●，
●○●●●○○。（韻）
●○○●○○●，
●●○○●●○。（韻）