大橋訥庵所懐　日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 Ribengushi


所懷

	大橋訥庵
刑屍累累鬼火靑，枕頭時覺北風腥。婆心憂世夜難睡，起向窗端見大星。

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所懷　

刑屍(けいし )　累累(るゐるゐ)　　鬼火( きくゎ) 靑(あを)く，
枕頭(ちんとう)　時に覺(おぼ)ゆ　　北風(ほくふう) 腥(なまぐさ)きを。
婆心( ばしん)　世を憂(うれ)ひて　　夜睡(ねむ)り難(がた)く，
起ちて　窗端(さうたん)に向(お)いて　　大星(たいせい)を見る。

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◎　私感註釈

※大橋訥庵：幕末の儒者。文化十三年（１８１６年）～文久二年（１８６２年）。名は正順、通称は順蔵。江戸の人。日本橋の豪商・大橋家の養子。佐藤一斎に学び、幕府の正学である朱子学を主張して、陽明学・洋学を批判、攘夷断行を主張したが容れられず、老中・安藤信正暗殺を企てて捕らえられ、獄死。著に『闢邪小言』などがある。

※所懐：心に思っていること。思い。＊作者・大橋訥庵は、安政の大獄に連なって、幕府により処刑された頼三樹三郎の遺骸が小塚原刑場に打ち捨てられているのを見かね、後難を恐れずに引き取り、棺に納めて埋葬した。その時の詩。なお、頼三樹三郎はその絶命詩に：「排雲欲手掃妖熒，失脚墜來江戸城。井底癡蛙過憂慮，天邊大月缺高明。身臨鼎鑊家無信，夢斬鯨鯢劍有聲。風雨他年苔石面，誰題日本古狂生。」とある。

※刑屍累累鬼火青：刑死の屍体が重なり合って、鬼火（おにび）が青く燃えて（いることであろう）。　・刑屍：刑死での屍体を謂う。ここでは、小塚原の刑場での屍骸のことになる。　・累累：〔るゐるゐ；lei3lei3（lei2lei2）◎◎〕物が重なり合っているさま。連なり続くさま。　・鬼火：〔きくゎ；gui3huo3●●〕暗い夜、湿地に自然に燃える怪火。燐が燃えるためという。＝鬼火（おにび）、狐火(きつねび)。

※枕頭時覚北風腥：まくらもとでも、北風がなまぐさく感じる時がある。　・枕頭：まくらもと。＝枕辺、枕畔。　・時：時たま。　・覚：感じる。　・腥：なまぐさい。

※婆心憂世夜難睡：ですぎた親切心（＝老婆心）で、世の中のことを心配すれば、夜になっても、なかなか眠れないで。　・婆心：〔ばしん；po2xin1○○〕老婆のような慈愛の心。ですぎた親切。＝老婆心。　・憂世：世の中のことを心配する。　・夜：夜になる。　・難睡：眠りにくい。

※起向窓端見大星：起きて窓辺に向かえば、大いなる星が見える。　・窓端：窓辺。　・大星：おおいなる星。

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◎　構成について

韻式は、「AAA」。韻脚は、「青腥星」で、平水韻下平九青。この作品の平仄は、次の通り。

●○◎◎●●○，（韻）
●○○●●○○。（韻）
○○○●●○●，
●●○○●●○。（韻）