獄中作 | ||
頼三樹三郎 |
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排雲欲手掃妖熒, 失脚墜來江戸城。 井底癡蛙過憂慮, 天邊大月缺高明。 身臨鼎鑊家無信, 夢斬鯨鯢劍有聲。 風雨他年苔石面, 誰題日本古狂生。 |
雲を排 し手 ら妖熒 を掃 はんと欲 し,
脚 を失ひ墜 ち來 る 江戸の城 。
井底 の癡蛙 憂慮 に過 ぎ,
天邊の大月 高明 を缺 く。
身は鼎鑊 に臨みて 家に信 無く,
夢に鯨鯢 を斬れば 劍に聲 有り。
風雨 他年 苔石 の面に,
誰 か題 せん 「日本 の古狂生 」と。
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◎ 私感註釈
※頼三樹三郎:文政八年(1825年)〜安政六年(1859年)。幕末派の尊王攘夷派の志士。儒者。頼山陽の第三子。安政の大獄に連なり、京都で捕らえられ、江戸へ檻送されて、神田淡路町の福山藩邸に幽閉された。その後も節を曲げず、幕府によって処刑された。
※獄中作:安政の大獄に連なり、江戸の福山藩邸において幽閉される。助命嘆願が行われたが、江戸伝馬町牢屋敷で橋本左内や飯泉喜内らとともに斬首された。これはその絶命詩。なお、儒学者で尊王論者の大橋訥庵は、頼三樹三郎の遺骸が小塚原刑場に打ち捨てられているのを見かね、後難を恐れずに遺骸を引き取り、棺に納めて埋葬した。その時の大橋訥庵の詩『所懷』に「刑屍累累鬼火,枕頭時覺北風腥。婆心憂世夜難睡,起向窗端見大星。」と、その時のことを述べている。
※排雲欲手掃妖熒:(国政の上層部に当たる)雲をおしひらいて、手ずからあやしく光る(星)を払い清めようとして。 ・排雲:雲をおしひらく。「雲」は、高い所の意もある。 ・手:手で…する。手ずから(…する)。「欲手」の表現から、「手」は用言とみる。 ・掃:掃(は)く。掃除する。 ・妖熒:〔えうけい;yao1ying2○○〕あやしい(火の)光。あやしく光る星。ここでは奸臣を指す。 ・熒:〔けい;ying2○〕ともしび。小さいあかり。(火の)光。「熒惑」で、兵乱の兆しを示す星の名。火星。
※失脚墜来江戸城:足を踏みはずして、江戸の町(/城)に落ちてきた。 ・失脚:足を踏みはずす。 ・墜来:落ちてくる。 ・江戸城:江戸の町。「城」は(城郭で囲まれた)都市、町の意。
※井底痴蛙過憂慮:井戸の中の愚かな蛙(かえる)(のような幕府当局の官吏は大海を知らないで)心配しすぎており。 ・井底痴蛙:井の中の愚かな蛙。(大海を知らないでいる)。幕府当局の官吏を謂う。 *「井 の中の蛙 (大海を知らず)」(井底之蛙(不知大海)。)を踏まえた句。 ・過:過度である。…すぎる。 ・憂慮:心配する。思いわずらう。
※天辺大月欠高明:大空の涯の大いなる月(将軍や幕府高官)は、人の品性や学識に缺けるところがある。 ・天辺:大空の涯。遠く離れた土地。同時代の盛唐・王昌齡の『送薛大赴安陸』に「津頭雲雨暗湘山,遷客離憂楚地顏。遙送扁舟安陸郡,天邊何處穆陵關。」とあり、盛唐・王維の『田園樂七首』之五に「山下孤煙遠村,天邊獨樹高原。一瓢顏回陋巷,五柳先生對門。」とある。 ・大月:将軍や幕府高官を指す。 ・高明:人の品性や学識がすぐれていること。頭が良いこと。
※身臨鼎鑊家無信:私はかまゆでの刑になろうとしているが、家からの便りは無く。 ・鼎鑊:〔ていくゎく;ding3huo4●●〕肉を煮るのに用い、また人を刑罰でかまゆでにするのに用いた。古代の器の一種で、大きな鼎で脚のないもの。 ・信:手紙。
※夢斬鯨鯢剣有声:夢の中で、(雄と雌の)くじら(=悪人)にを斬ったが、剣は音をたてて(斬り捨てて)いた。 ・鯨鯢:〔げいげい;jing1ni2○○〕(雄と雌の)くじら。雄は「鯨」、雌は「鯢」。小さい魚をみな飲み込むので悪人に喩えられる。
※風雨他年苔石面:(私の刑死後の)後年になって、風と雨とに(晒されて)苔生(む)した石(=墓石)の表面に。 ・風雨:風と雨と。風をともなって降る雨。あらし。 ・他年:ほかの年。後年。 ・苔石:こけむした石の意。
※誰題日本古狂生:誰が「日本の昔の理想家」と、書きしるしてくれようか。 ・題:しるす。 ・古狂生:(孔子のいう)「昔の理想家」。昔の理想家は自分の信念に従って、小事にこだわらないでやりたいように行動したことを指す。『論語・陽貨』に「子曰:『古者民有三疾,今也或是之亡也。古之狂也肆(古 の狂 や肆 ),今之狂也蕩;古之矜也廉,今之矜也忿戻;古之愚也直,今之愚也詐而已矣。』」とある。
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◎ 構成について
韻式は、「AAAAA」。韻脚は、「熒城明聲生」で、平水韻下平九青(熒)・下平八庚(城明聲生)。この作品の平仄は、次の通り。
○○●●●○○,(韻)
●●●○○●○。(韻)
●●○○◎○●,
○○●●●○○。(韻)
○○●●○○●,
●●○○●●○。(韻)
○●○○○●●,
○○●●●○○。(韻)
平成27.5.7 5.8 |
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