逸題 |
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江藤新平 | ||
廟堂用善無漢蕃, 孛國勢振佛國蹲。 佛國雖蹲其法美, 哲人不惑敗成痕。 |
廟堂 善を用 ゐるに漢蕃 無し,
孛國 勢 ひ振 ひて 佛國蹲 る。
佛國 蹲 ると雖 も其 の法 や美 ,
哲人 は惑 はず敗成 の痕 に。
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◎ 私感註釈
※江藤新平:政治家。佐賀藩出身。不平士族を率いて佐賀の乱を起こし、捕えられて刑死する。号は南白。天保五年(1834年)〜明治七年(1874年)。幕末に脱藩して尊皇攘夷運動に加わり、藩より永蟄居の処分を受ける。王政復古後、東征大総督府監軍などに任じられ辣腕を示す。のち、司法卿として司法制度の確立に努める。参議となり、西郷隆盛らの征韓論に与(くみ)したが、これが敗れて参議を辞職し、民選議院設立の建白に参加したりするが、佐賀に帰り、不平士族に推されて佐賀の乱の首領となり、捕えられて刑死する。
※逸題:詩題を附ける機会をのがして、題がない。 *この詩、江藤新平はフランスの法制度を高く評価したことを詠った。
※廟堂用善無漢蕃:政府が良策を用いる(のであれば、それが)中華のものであるか西洋のものであるかは、(関係)がない。 ・廟堂:〔べうだう;miao4tang2●○〕政府。朝廷。天下の大政をつかさどる所。また、みたまや。宗廟。ここは、前者の意。幕末・久坂玄瑞の『失題 』に「皇國威名海外鳴,誰甘烏帽犬羊盟。廟堂願賜尚方劍,直斬將軍答聖明。」とあり、幕末〜明治・木戸孝允の『偶成』に「一穗寒燈照眼明,沈思默坐無限情。囘頭知己人已遠,丈夫畢竟豈計名。世難多年萬骨枯,廟堂風色幾變更。年如流水去不返,人似草木爭春榮。邦家前路不容易,三千餘萬奈蒼生。山堂夜半夢難結,千嶽萬峰風雨聲。」とある。 ・用善:良策を用いる意。 ・漢:中国。また、民族の名(漢民族)。王朝の名(漢王朝)。 ・蕃:えびす。野蛮人。異民族。=蛮。ここでは「南蛮」=西洋を指す。
※孛国勢振仏国蹲:プロシアは勢力が盛んになって、フランスは躓(つまず)き踞(うずくま)った(が)。 *この句は普仏戦争を謂う。ドイツ統一をめざすプロイセンと、これを阻もうとするフランスとの間で行われた戦争。フランス側から開戦したが、プロイセンが圧勝し、統一を完成してドイツ帝国が成立した。敗れたフランスは、アルザス=ロレーヌ(=エルザス=ロートリンゲン)を割譲した。(1870年〜1871年=明治三年〜四年)。 ・孛国:プロシア。(=プロセイン)。=普魯西。普魯士。 ・「孛」:〔ぼつ(ぶつ);bo2●〕訳音字で、「プロシア」の「プ」に充てた字。 ・振:〔しん;zhen4他◎〕さかんにする。奮い立たせる。奮い起こす。 *普仏戦争でのプロイセンの勝利とドイツ帝国の成立を謂う。 ・仏国:フランス。 ・蹲:〔そん;zun1○〕うずくまる。しゃがむ。つくばう。 *フランスが戦争で負けたことを謂う。
※仏国雖蹲其法美:フランスは、躓(つまず)いたといっても、その法律はすばらしい(ものである)。 *江藤新平は、近代的な集権国家と四民平等を説き、国法会議や民法会議を主催して民法典編纂に取り組んだ。江藤は「フランス民法と書いてあるのを日本民法と書き直せばよい」「誤訳も妨げず、ただ速訳せよ」というほどフランスの法制度を高く評価し、普仏戦争でフランスが大敗し、フランスへの評価が日本で低くなるのを戒めたと云う。(Wikipediaより要旨抜粋)。 ・雖:…ではあるが。…とはいうものの。いえども。 ・其:その。語調を整える。ここでは前の「仏国」を指す。 ・法:法令。ここでは、フランスの民法のことになる。 ・美:すばらしい。
※哲人不惑敗成痕:道理に明らかな人は、失敗したか成功したかといった、跡形(あとかた)に惑わされない(ことだ)。⇒フランスが敗戦国になったということと、フランスの民法がすばらしいものであるということとは、別のことである。 ・哲人:道理に明らかな人。 ・不惑:まどわされない。 ・敗成:事が敗れると成ると。失敗と成功。 *ここを「敗成」と表現して、「成敗」としなかったのは平仄のため。詩のここの句(=結句)は「○○●●●○○」とすべきところで、「成敗」とすれば○●となり、「敗成」とすれば●○となるため。ここ(=第五字目・六字目)では●○とすべきところ。それ故、「敗成」(●○)とした。 ・痕:きずあと。あとかた。あと。
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◎ 構成について
韻式は、「AAA」。韻脚は「蕃蹲痕」で、平水韻上平十三元。この作品の平仄は、次の通り。
●○●●○●○,(韻)
●●●◎●●○。(韻)
●●○○○●●,
●○●●●○○。(韻)
平成29.8.14 8.15 |
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