金川途上 | ||
久坂玄瑞 | ||
投筆請纓志轗軻, 秋風孤劍發悲歌。 王師未報擒夷將, 邊柳蕭疎胡馬多。 |
筆を投じて 纓を請ふも 志は 轗軻として,
秋風に 孤劍 悲歌を發す。
王師 未だ報ぜず 夷將を擒りにすと,
邊柳 蕭疎として 胡馬 多し。
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◎ 私感註釈
※久坂玄瑞:尊攘派の志士。幕末の長州藩士。天保十一年(1840年)〜元治元年(1864年)。名は通武。通称は義助。玄瑞は号。吉田松陰門下。藩論を公武合体から尊皇攘夷へと一変させた。その後、種々の武力で攘夷運動を実行した。禁門の変の指導者。
※金川途上:(神奈川条約以降、我が国に入ってきた外国人を排撃する)攘夷運動の途上にて。 ・金川:かながわ。神奈川。1854年(嘉永七年)の日米和親条約(神奈川条約)、1858年(安政五年)の日米修好通商条約。両条約は神奈川で結ばれた。それを指すか。 ・途上:途中。路上。みちなか。
※投筆請纓志轗軻:文官としての行政事務を擲(なげう)って、征討軍の将軍として任じられることを願ったが、志(こころざし)は行きなやみ。 ・投筆:文官としての行政事務を辞める。 ・請纓:皇帝より夷狄を縛(いまし)める綱(≒纓)をいただくよう請う。征討軍の将軍(武官)に任じられることを願う。 ・纓:〔えい;ying1○〕異民族を征伐して、(異民族の捕虜を)捕らえて縛る縄。本来の意は 、冠(かんむり)の紐(ひも)。ここは、前者の意。前者の意として使われているものに唐・魏徴の『述懷』「中原初逐鹿,投筆事戎軒。縱計不就,慷慨志猶存。杖策謁天子,驅馬出關門。請纓繋南越,憑軾下東藩。鬱紆陟高岫,出沒望平原。古木鳴寒鳥,空山啼夜猿。既傷千里目,還驚九折魂。豈不憚艱險,深懷國士恩。季布無二諾,侯嬴重一言。人生感意氣,功名誰復論。」や、南宋・岳飛の『滿江紅』登黄鶴樓有感「遙望中原,荒煙外,許多城郭。想當年,花遮柳護,鳳樓龍閣。萬歳山前珠翠繞,蓬壺殿裏笙歌作。 到而今、鐵騎滿郊畿,風塵惡!兵安在?膏鋒鍔。民安在?填溝壑。歎江山如故,千村寥落。何日請纓提鋭旅,一鞭直渡C河洛。却歸來、再續漢陽遊,騎黄鶴。」、現代・毛澤東の『清平樂』六盤山「天高雲淡,望斷南飛雁。不到長城非好漢,屈指行程二萬。 六盤山上高峰,紅旗漫捲西風。今日長纓在手,何時縛住蒼龍?」などがある。また、自民族の精神を確乎として保持していく意としては、文天の『正氣歌』「楚囚纓其冠,傳車送窮北。鼎钁甘如飴,求之不可得。」がある。「會向藁街逢」である。 ・轗軻:〔かんか;kan3ke1●○〕車の行きなやむさま。
※秋風孤劍發悲歌:秋風が(当たって)一振りだけの剣が、悲壮な歌(にも似た音)を出していた。 ・孤劍:一振りの剣。刀だけを身に帯びた剣士。南宋・陸游の『金錯刀行』「黄金錯刀白玉裝,夜穿窗扉出光芒。丈夫五十功未立,提刀獨立顧八荒。京華結交盡奇士,意氣相期共生死。千年史冊恥無名,一片丹心報天子。爾來從軍天漢濱,南山曉雪玉嶙峋。嗚呼,楚雖三戸能亡秦,豈有堂堂中國空無人。」と似た響きがある。南宋・賀鑄の『六州歌頭』に「少年侠氣,交結五キ雄。肝膽洞,毛髮聳。立談中,生死同,一諾千金重。推翹勇,矜豪縱,輕蓋擁,聯飛鞚,斗城東。轟飮酒壚,春色浮寒甕。吸海垂虹。闌ト鷹嗾犬,白駐E雕弓,狡穴俄空。樂怱怱。 似黄梁夢,辭丹鳳,明月共,漾孤篷。官冗從,懷倥偬;落塵籠,簿書叢。鶡弁如雲衆,供粗用,忽奇功。笳鼓動,漁陽弄,思悲翁,不請長纓,繋取天驕種,劍吼西風。恨登山臨水,手寄七絃桐,目送孤鴻。」 とある。 ・悲歌:悲しげな歌。悲愴な歌。悲壮な歌。南宋・陸游の『樓上醉歌』に「我遊四方不得意,陽狂施藥成キ市。大瓢滿貯隨所求,聊爲疲民起憔悴。 瓢空夜静上高樓, 買酒捲簾邀月醉。 醉中拂劍光射月,往往悲歌獨流涕。剗却君山湘水平,斫却桂樹月更明。丈夫有志苦難成,修名未立華髪生。」とあり、同・陸游の『謝池春』に「壯歳從戎,曾是氣呑殘虜。陣雲高、狼烽夜舉。朱顏鬢,擁雕戈西戍。笑儒冠、自來多誤。 功名夢斷,卻泛扁舟呉楚。漫悲歌、傷懷弔古。煙波無際,望秦關何處。歎流年、又成虚度。」とある。
※王師未報擒夷將:天子の軍隊は、異民族の武将を捕らえたとは、まだ報告していなくて。 ・王師:〔わうし;wang2shi1○○〕皇帝の軍隊。南宋・陸游の『書事』に「關中父老望王師,想見壺漿滿路時。寂寞西溪衰草裏,斷碑猶有少陵詩。」とあり、同・陸游の『示兒』に「死去元知萬事空,但悲不見九州同。王師北定中原日,家祭無忘告乃翁。」とある。 ・未報:まだ報告がない。また、まだこたえていない。まだ報(むく)いるということをしていない。ここは、前者の意。 ・擒:〔きん;qin2○〕捕らえる。生け捕る。虜(とりこ)にする。 ・夷將:異民族の武将。外国の武人。
※邊柳蕭疎胡馬多:(異民族と接する神奈川等の)辺疆地帯のヤナギの葉は、落ちてさびしくまばらになってきているのに、(それに反して)異民族の軍馬が増えてきている。 ・邊柳:異民族と接する辺疆地帯のヤナギ。 ・蕭疎:〔せうそ;xiao1shu1(su1)○○〕木の葉などが落ちてさびしくまばら。 ・胡馬:〔こば;hu2ma3○●〕匈奴の軍馬。匈奴の軍隊を指す。また、北方の夷狄の地産の馬。外国の軍勢。前者の用例に、唐・王昌齡の『出塞(從軍行)』「秦時明月漢時關,萬里長征人未還。但使龍城飛將在,不ヘ胡馬渡陰山。」があり、後者の用例に『古詩十九首』之一「行行重行行,與君生別離。相去萬餘里,各在天一涯。道路阻且長,會面安可知。胡馬依北風,越鳥巣南枝。相去日已遠,衣帶日已緩。浮雲蔽白日,遊子不顧返。思君令人老,歳月忽已晩。棄捐勿復道,努力加餐飯。」がある。
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◎ 構成について
韻式は、「AAA」。韻脚は「軻歌多」で、平水韻下平五歌。この作品の平仄は、次の通り。
○●●○●●○,(韻)
○○○●●○○。(韻)
○○●●○○●,
○●○○○●○。(韻)
平成22.3.31 4. 1 |
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