身猶活 | ||
河上肇 |
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囘首萬里程, 自怪身猶活。 心願百縁成, 痩涓唯待渇。 |
首 を囘 らせば萬里 の程 ,
自 ら怪 しむ 身の猶 ほ活 くるを。
心願 百縁 成り,
痩涓 唯 だ渇 るを待つ。
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◎ 私感註釈
※河上肇:明治十二年(1879年)〜昭和二十一年(1946年)。マルクス主義経済学者。山口県の人。東京帝国大学卒業後、大学教授となり、次第にマルクス主義に近づき、やがて、新労農党、共産党と活動して、治安維持法違反で検挙された。主義のため、信念を貫くために地位と名誉を捨てた。詩作は検挙後に始めたというが、その詩は、作者の専門外とはいうものの、宋詩・宋詞の影響を受けた見事なものである。詠物、叙景の詩が文人の作詩の主流となっている現代日本詩では異色であり、興味をそそられる慨世の作品群を遺している。
※身猶活:(我が)身は、なお生きて。 *作者・河上肇の友人である河田嗣郎教授が亡くなったことを知らせた電報を受け取った時(五月)の作。氷谷は号。明治時代〜昭和時代の経済学者。京都帝国大学教授。作者・河上肇とは、同郷の出身で中学・高校とともに学び、京大法科・経済学部では同僚となり、作者・河上肇とは家族ぐるみの親交を結んだ間柄。昭和十七年(1942年)五月二十一日歿。なお、河田嗣郎教授を弔った作者の詩に、同年六月作の『弔氷谷博士』「遲日花間水閣游,同君流水落花愁。誰料春徂君亦逝,衰翁獨立夕陽樓。」がある。 ・猶:〔いう;you2○〕なおまだ。なお。 ・活:生きる。≒生。
※回首万里程:(人生を)ふり返って見れば、遙かな道程であった。 ・回首:ふりかえる。顧(かえり)みる。回顧する。 ・程:みちのり。作者の人生の道程を謂う。
※自怪身猶活:(我が)身が、なお生きていることに自分でも不思議に思う。 ・怪:不思議に思う。いぶかる。
※心願百縁成:心の中で願う、さまざまなえにしが成就して。 ・心願:心の中で願う。 ・百-:さまざまな。雑多な。また、多くの。 ・縁:えにし。ゆかり。めぐりあわせ。作者の心の中の「百縁」の中身を考えれば、この詩は厚みを増す。 ・成:成就する。
※痩涓唯待渇:細く小さい流れ(=わたしの生命)は、ただ渇(か)れるのを待つのみだ。 ・涓:〔けん;juan1○〕小さい流れ。 ・痩涓:細く小さい流れ。作者の生命を謂う。作者はこの詩を作って三年余りの後、世を去る。 ・唯:ただ…のみ。ただ。 ・渇:かれる。
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◎ 構成について
韻式は、「aa」。韻脚は「活渇」で、平水韻入声七曷。この作品の平仄は、次の通り。
○●●●○,
●●○○●。(韻)
○●●○○,
●○○●●。(韻)
令和元.11.19 |
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