腥風不已 | ||
河上肇 |
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戰禍未收時未春, 天荒地裂鳥魚瞋。 何幸潛身殘簡裡, 腥風吹屋不吹身。 |
戰禍 未 だ收 まらず時 未 だ春 ならず,
天荒 れ 地裂 けて鳥魚 瞋 る。
何 の幸 ぞ 身を潛 む殘簡 の裡 ,
腥風 屋 を吹 けども 身を吹かず。
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◎ 私感註釈
※河上肇:明治十二年(1879年)〜昭和二十一年(1946年)。マルクス主義経済学者。山口県の人。東京帝国大学卒業後、大学教授となり、次第にマルクス主義に近づき、やがて、新労農党、共産党と活動して、治安維持法違反で検挙された。主義のため、信念を貫くために地位と名誉を捨てた。詩作は検挙後に始めたというが、その詩は、作者の専門外とはいうものの、宋詩・宋詞の影響を受けた見事なものである。詠物、叙景の詩が文人の作詩の主流となっている現代日本詩では異色であり、興味をそそられる慨世の作品群を遺している。
※腥風不已:戦争(日華事変)の血なまぐさい風が終わらない。 *この作品は昭和十五年の春・三月のもの。 ・腥風:〔せいふう;xing1feng1○○〕血なまぐさい風。殺戮の残酷さ、戦争を謂う。 ・已:やむ。終わる。
※戦禍未収時未春:戦争(日華事変)による災いが、まだ収(おさ)まりがつかないうちに、時は春になった。 ・戦禍:戦争による災い。 ・春:春になる。動詞として使う。この詩は三月に作られた。歴史年表で見れば、「衆議院で斎藤隆夫議員が対中国政策を批判(反軍演説)」の頃。
※天荒地裂鳥魚瞋:天上の空模様は荒れすさぶって、地は裂けんばかりであって、鳥や魚等(万物)は目をいからせている。 *この句、「(天・荒)+(地・裂)+(鳥魚・瞋)」〔主・述+主・述+主・述〕という構成になっている。 ・天荒:天上の空模様が、荒れすさぶっている。気候はまだまだ厳しい。昭和十五年、作者が六十二歳の時で、日華事変の時。 *この語、後出・一休宗純の『陋居』に基づこう。この語・「天荒」は、深読みすれば「天皇」に通じる(「天荒」:〔てんくゎう;tian1huang1〕、「天皇」〔てんくゎう;tian1huang2〕)が、如何なものか。一休宗純の『陋居』に「目前境界似吾癯,地老天荒百草枯。」とあり、作者・河上肇に、『天荒』「人老潛窮巷,天荒未放紅。狗吠門前路,雲低萬里空。」がある。 ・鳥魚:鳥や魚のこと。「鳥魚」という表現はあまり見かけないが、「魚鳥」は屡々見かける。ただし、「魚鳥」は○●(平・仄)であり、この句は「○○●●●○○」とすべきところで、平仄を合わせるため、「魚鳥」(○●)を「鳥魚」(●○)として、この句の第五、六字で使った(のだろう)。「鳥魚」は、鳥や魚であるが、庶民を含む地上の生命ある万物のことになろう。 ・瞋:〔しん;chen1○〕いからす。いかって、目をむく。
※何幸潜身残簡裡:なんという幸せなことだろう、古本の間に身を潜(ひそ)めているうち(に)。 ・何:なんという…。なんとまあ…。「なん(の)」。「なん(ぞ)」。感嘆を表す。 ・潜身:身を潜(ひそ)める。ここでは、隠棲を謂う。 ・残簡:ここでは、古書を指す。 ・簡:書きもの。作者は検挙された後、宋詩等の中国古籍を好んで読んだ。 ・裡:…のうち(に)。…の中(に)。=裏。
※腥風吹屋不吹身:(なんという幸せなことだろう…)生臭い風は、家屋に吹いてくるが、身には吹きつけてこない。
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◎ 構成について
韻式は、「AAA」。韻脚は「春瞋身」で、平水韻。この作品の平仄は、次の通り。
●●●○○●○,(韻)
○○●●●○○。(韻)
○●○○○●●,
○○○●●○○。(韻)
令和元.11.16 11.17 11.18 |
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