戰雲滿乾坤 | ||
河上肇 |
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心已久忘世事, 姓名又人無知。 獨弄詩蝸廬底, 戰雲滿乾坤時。 |
戰雲 乾坤 に滿つ
心已 に 久しく世事 を忘れ,
姓名又 た人の知る無し。
獨 り詩を弄 す蝸廬 の底,
戰雲乾坤 に滿つるの時。
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◎ 私感註釈
※河上肇:明治十二年(1879年)〜昭和二十一年(1946年)。マルクス主義経済学者。山口県の人。東京帝国大学卒業後、大学教授となり、次第にマルクス主義に近づき、やがて、新労農党、共産党と活動して、治安維持法違反で検挙された。主義のため、信念を貫くために地位と名誉を捨てた。詩作は検挙後に始めたというが、その詩は、作者の専門外とはいうものの、宋詩・宋詞の影響を受けた見事なものである。詠物、叙景の詩が文人の作詩の主流となっている現代日本詩では異色であり、興味をそそられる慨世の作品群を遺している。
※戦雲満乾坤:戦争の気配が天地に満ちている。 *この詩は昭和十六年七月二日のもの。(この年の十二月八日に太平洋戦争が始まる)。 ・戦雲:戦争の気配を謂う。 ・乾坤:〔けんこん;qian2kun1○○〕(抽象的な意味での)天地。 ・乾:天。 ・坤:地。
※心已久忘世事:(わたしの)心は、すでに長い間、今の世の中の事態を忘れてしまっており。 ・已:すでに。とっくに。 ・久:長い間。 ・世事:〔せじ;shi4shi4●●〕今の世の出来事。事態。また、世の中の仕事。
※姓名又人無知:(わたしの)姓名も、誰も知る者がいない。
※独弄詩蝸廬底:カタツムリの殻のような狭い家で、独りで詩を作っている。 ・独:独りで。 ・弄詩:詩を作る意。 ・蝸廬:〔くゎろ;gua1lu2○○〕カタツムリの殻のような狭い家。また、まるい家。ここは、前者の意。=蝸舍。
※戦雲満乾坤時:(それも、)戦争の気配が天地に満ちている時に。
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◎ 構成について
韻式は、「AA」。韻脚は「知時」で、平水韻上平四支。この作品の平仄は、次の通り。
○●●●●●,
●○●○○○。(韻)
●●○○○●,
●○●○○○。(韻)
令和3.10.22 |
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