Huanying xinshang Ding Fengzhang de wangye

                            


寄黄幾復
北宋・黄庭堅



我居北海君南海,
寄雁傳書謝不能。
桃李春風一杯酒,
江湖夜雨十年燈。
持家但有四立壁,
治病不蘄三折肱。
想得讀書頭已白,
隔溪猿哭瘴煙藤。




                       
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黄幾復(くゎうきふく)に寄す
(われ)は 北海に()りて  君は南海,
(がん)()せて (しょ)を傳へんとするも  (あた)はざるを謝す。
桃李(たう り ) 春風(しゅんぷう)  一杯の酒,
江湖(かう こ ) 夜雨(やう)  十年の(ともしび)
家を()して ()だ  四立( し りつ)(かべ)のみ有り,
(やまひ)(なほ)すに  三折(さんせつ)(ひぢ)(もと)めず。
(おも)ひ得たり 讀書して  (かしら) (すで)に白きを,
(たに)(へだ)て 猿は(こく)す  瘴煙(しゃうえん)(ふぢ)

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◎ 私感註釈

※黄庭堅:北宋の詩人。慶暦五年(1045年)〜崇寧四年(1105年)。字は魯直、号は涪翁。山谷道人。洪州の分寧(現・江西省修水県)の人。

※寄黄幾復:黄幾復に詩文を郵便で届ける。この詩は、作者が王安石の新法派と意見を対立させたため、山東・徳州に赴任させられていた時のもの。 ・寄:郵便で届ける。 ・黄幾復:名は介。南昌(現・江西南昌市)の人。黄庭堅とは、若い頃からの交友があった。この詩に詠われた時は、四会県(現・広東省四会県)の知県をしていた。

※我居北海君南海:わたしは北方の海辺にいて、あなたは南方の海辺にいて。 ・北海、南海:作者・黄庭堅は北の方の徳州徳平鎮(現・山東省徳州市)におり、黄幾復は、南方の四会県(現・広東省四会県)にいたので、こう表現した。(日本人的な感覚では、徳州は海から遠いが…)。盛唐・常建の『塞下曲』「
北海陰風動地來,明君祠上望龍堆。髑髏皆是長城卒,日暮沙場飛作灰。」の「北海」は:バイカル湖。作者の註記に「幾復廣州四會(広州市四会県),予在コ州コ平鎮(現・山東省徳州市),皆海濱也。」とあると云う(原典未確認)。 *『左傳・僖公』に「北海,寡人南海,唯是風馬牛不相及也,不虞君之渉吾地也,何故?」(『左傳・僖公四年』(岳麓書社版114ページ)とある。

※寄雁伝書謝不能:雁に手紙を届けさせようとしたが、無理なのでお詫びする。 ・寄雁伝書:雁に手紙を届けさせる。「雁信」のこと。雁は昭帝と蘇武との間の「雁書(雁信、雁札)」の故事。蘇武は雁の脚に手紙を結びつけて、天子に通知したとの故事。蘇武は、匈奴に使いしたが拘留されて十九年匈奴の地・
バイカル湖畔をさまよった。しかしながら節を持して、屈服しなかった。その節義は後世にまで永く讃えられ、豪放詞にしばしば取り上げられている。『漢書・…・蘇武列傳』では、武帝が亡くなった後、昭帝が立ち、匈奴との宥和外交が展開され、蘇武が匈奴の地に生きていることが判り、中国に凱旋することとなった。『漢書・…・蘇武列傳』では:「數月,昭帝即位。數年,匈奴與漢和親。漢求武等,匈奴詭言武死。後漢使復至匈奴,常惠請其守者與倶,得夜見漢使,具自陳道。教使者謂單于,言天子射上林中,足有係帛書,言武等在某澤中。使者大喜,如惠語以讓單于。單于視左右而驚,謝漢使曰:『武等實在。』於是李陵置酒賀武曰:『今足下還歸,揚名於匈奴,功顯於漢室,雖古竹帛所載,丹青所畫,何以過子卿!陵雖駑怯,令漢且貰陵罪,全其老母,使得奮大辱之積志,庶幾乎曹柯之盟,此陵宿昔之所不忘也。收族陵家,爲世大戮,陵尚復何顧乎?已矣!令子卿知吾心耳。異域之人,壹別長絶!』陵起舞,歌曰:『徑萬里兮度沙幕,……,雖欲報恩將安歸!』陵泣下數行,因與武決。」とある。 ・謝:あやまる。詫(わ)びる。また、感謝する。辞退する。しぼむ。ここは、前者の意。 ・不能:できない。 ・謝不能:雁は、(南限の地・回雁峰よりも南へ飛んで行くことは)できないので、お詫びする。現・湖南省衡陽の街の南には回雁峰があり、雁が北方からここへ飛んできて、回雁峰の北側の湘江下流で冬を過ごし、冬が過ぎれば再び北へ帰ってゆくと信じられた。(それ故、雁はここ・回雁峰より南へは飛んで行かない、とされた)。盛唐・賈至の『送王道士還京』に「一片仙雲入帝ク,數聲秋衡陽。借問清キ舊花月,豈知遷客泣瀟湘。」とあり、北宋・范仲淹の『漁家傲』に「塞下秋來風景異,衡陽去無留意。四面邊聲連角起。千嶂裡,長煙落日孤城閉。」とあり、明・王恭の『』に「春風一夜到衡陽,楚水燕山萬里長。莫怪春來便歸去,江南雖好是他ク。」とある。

※桃李春風一杯酒:(昔を憶えば、わたしたちは)桃や李(すもも)の(花が咲く時、)春風(のもとで、共に)一杯の酒(を飲み)。

※江湖夜雨十年灯:(官に就く前の)頃、夜の雨に、灯火を灯(とも)して(語り合った時から)十年(の歳月が流れ、この十年、夜雨に逢うたびに、あなたのことを思い出す)。 ・江湖:〔かうこ;jiang1hu2○○〕世の中。世間。国内の各地。民間。各地を流離う趣き。中唐・白居易の『琵琶行・序』に「元和十年,予左遷九江郡司馬。明年秋,送客浦口,聞舟船中夜彈琵琶者。聽其音,錚錚然有京キ聲。問其人,本長安倡女,嘗學琵琶於穆・曹二善才,年長色衰 ,委身爲賈人婦。遂命酒,使快彈數曲。曲罷,憫默。 自敍少小時歡樂事,今漂淪憔悴,轉徙於
江湖。予出官二年,恬然自安,感斯人言,是夕始覺有遷謫意。因爲長句,歌以贈之。凡六百一十二言,命曰琵琶行。」とあり、北宋・歐陽修の『送張生』に「一別相逢十七春,頽顏衰髮互相詢。江湖我再爲遷客,道路君猶困旅人。老驥骨奇心尚壯,青松歳久色逾新。山城寂寞難爲禮,濁酒無辭擧爵頻。」とあり、北宋・周紫芝の『漁父詞』に「好個~仙張志和,平生只是一漁蓑。和月醉,棹船歌。樂在江湖可奈何。」とあり、南宋・楊萬里の『舟行呉江』に「江湖便是老生涯,佳處何妨且泊家。自汲松江橋下水,垂虹亭上試新茶。」とあり、清・王士モフ『杜曲西南弔牧之冢』に「兩枝仙桂氣凌雲,落魄江湖杜司勳。今日終南山色裏,小桃花下一孤墳。」とある。

※持家但有四立壁:(あなたは、清廉な官吏として質素な暮らしぶりで、)一家を維持するのに、ただ四周の壁面だけがあるのみで。 ・持家:一家を維持する意。一家を支える意。「持」:持ちこたえる。まもる。 ・但有:ただ…だけがあるのみ。 ・四立壁:四面の壁。四周の壁面。

※治病不蘄三折肱:病気を治すにも、老練な医者を願い求めるまでもなく(あなた自身が練達の士となっている。世は、あなたを「練達の士」として重用すべきだ)。 ・蘄:〔き;qi2○〕求める。願い求める。祈(いの)る。=祈。 ・三折肱:老練な人。練達な人。「三折肱,爲良醫(三折肱知爲良醫)」(三回、腕を折れば、よい医者になれる意)で、実践と経験の重要さを謂う。『左傳・定公十三年』(岳麓書社版680ページ)に「冬十一月,…『
三折肱知爲良醫。唯伐君爲不可,民弗與也。我以伐君在此矣。…』」とある。

※想得読書頭已白:予想するに(あなたは)、経書を読んで勉学(を続け)、頭髪は、とっくに白くなっていることだろう(そして)。 ・想得:予想する。また、考えつく。ここは、前者の意。「想得」は「読書頭已白,隔渓猿哭瘴煙藤」にかかっていくが、そのような書き下しは、(国語=日本語)詩としてのリズム感を著しく損なうので、詩句単位で読んだ。 ・読書:経書を読んで勉学する。 ・已:とっくに。すでに。 ・白:〔動詞〕白くなる。

※隔渓猿哭瘴煙藤:谷川を隔てて猿が、毒気(け)を含んでいる靄(もや)(の籠もった)藤(ふじ)の中で、(寂しげに)鳴いている(ことだろう)。 ・隔渓:谷川を隔てて。 ・瘴煙:(南方の)毒気(け)を含んでいるもや。「瘴-」は南方の暑熱地帯の山川に生ずる湿熱の気に因って起こる毒気(熱病)。
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◎ 構成について

韻式は、「AAAA」。韻脚は「能燈肱藤」で、平水韻下平十蒸。この作品の平仄は、次の通り。


●○●●○○●,
●●○○●●○。(韻)
○●○○●○●,
○○●●●○○。(韻)
○○●●●●●,
●●●○○●○。(韻)
●●●○○●●,
●○○●●○○。(韻)
2017.11.14
     11.15
     11.16
     11.17
     11.18




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