厚木 高校編

厚木 高校編 



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高校概要

旧制の厚木第三中学を母体の伝統ある高校着任当時36クラスのマンモス校であった 男子校の伝統で質実剛健を校風としている。部活動は野球、陸上、サッカー、柔道、演劇、吹奏楽 と活気のある学校で、2002年度はは100周年の記念事業が各種おこなわれた。

2009 08/29 厚木高校で学区中学生対抗柔道大会


3年前から柔道部の顧問の先生が体育学部で柔道専攻の先生が着任して始めたらしいのですが、先週話を聞いたので34年ぶりに厚木高校に行った。中庭に車を止めてグランド・体育館周辺を歩いてみた。部活が盛んな様子が伝わった。グランドで野球・サッカー・陸上、新体育館で体操・ダンドリ、旧体育館で柔道大会、保護者の車で中庭、グランドそばの周りは車がいっぱいでした。懐かしい皆さんにお会いできて良かった。

2004 12/00 国際デビュー


数年前からダンス好きな女子が集まって野球の応援のチアーガールを組織化していたが、バスケットのNBAやアメリカンフットボールのハーフタイムショーのような活動をする部活動がアメリカの世界コンテストで優勝した。この快挙を称えるイベントが企画されたが出席はしなかった。顧問の伊藤早苗さんは20年目に一緒に教科研究会の仕事をした関係やら扉座厚木講演の時に会うので旧知の間柄だが彼女の関わり方が今日の快挙につながっている。

2002 11/07 厚木高校100周年


厚木高校の100周年記念パーテイーに出席しました。1300人の宴会は初めて、ホテルの2階3階を貸切にしても廊下に溢れていた。岡森、六角、横内君にも会い11月16日の扉座のチィケットの売れ行きが良くないというので購入して帰る。公演に行く予定にしていたのでついでのようでも良かった。



有名人情報


東大の総長をした茅 誠二は校内表彰に茅賞をのこして勉強と部活に功績のあった生徒をたたえている。 タレントにはクレージーキヤッツの安田伸、女優の名取祐子、舞台演出家の横内健介、男優の岡森(岡本) 地域の政財界には多くの卒業生が名を連ねている。 横内健介氏は後輩を含む演劇同志で扉座を主宰している。「厚木高校物語」には私もモチーフとして登場している。 扉座

部活動情報


私は5年間柔道部の顧問として指導にあたったが、生まれが日本海育ち、専門が体操競技ということで 水泳部、や体操部にも関わりを持った。柔道部は危険な部活の指導者が必要ということで体育教員の使命 として小さいからだながら若者と汗を流した。 柔道部のOBと朝まで語り明かし不休不眠で合宿で汗流したのは大学時代の鍛えた体と精神の賜と思う。 当時の部員とは今もメール・賀状で交流している。それぞれの分野で活躍しているが、浪人中勉強しすぎて 肝臓を壊して亡くなったキャプテン吉田、東大を卒業して、ドイツの三菱銀行に勤務中、ハングライダー中墜落事故 で亡くなった柳原は無念の思いと思う。初のサッカーインターハイ出場のキャプテン大矢も教員になって活躍していたが 難病にかかり病死、プロスポーツでは横浜大洋のエースに野球部の河村がいる。

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