××下宿屋木村 あいず××

 

なんで急にそんなことを思い出したのかわからなかったけれど、

思い出したら、ためさずにはいられなくなった。

携帯をとりだし、番号を呼び出す。

それはまだ、二人がガキだった頃、秘密めかして決めていた合図。

 

一度だけコールして、切る。それを3回。そしてあとはふつうにコール。

 

携帯から、あのころよりずっと大人びた声。

「なんだよ。またずいぶんと懐かしいことやってるじゃん」

少し笑った声。表情までうかがえて、ついこっちまでつられて笑った。

「あ、おぼえてた?」

「わすれるわけないだろ?で、何の用?」

言われて気づく。用なんてなんにもなかったことに。

「・・・・用は・・・・」

そして、一つだけ思いつき、あわてて口にする。

「今度からおまえに電話する時、今みたいにして、いい?」

「なに、それ?」

またしても笑ってる気配。

「だめ?」

「いいけど・・・・いいよ」

ガキの頃と同じ秘密をもう一度二人で共有する。

 

「で、今どこ?何時頃帰れる?」

「ん?マンションの前・・・・」

「なにやってんだよ、おまえ」

見事に携帯の向こうを絶句させる。

 

しばらくの沈黙の後、

「じゃ、早く帰ってこい」

「ん」

携帯が切れたあとの空気が、なんだかちょっとあったかかった。