××下宿屋木村番外編 寒い日××

 

今日ってば、何でこんなに寒いのよ!!あたしは自分の口からのぼる白い息を見つめていた。いくら冬だからって昼間にこんなに寒くなくってもいいと思う。

あたしは、寒いのが嫌いだ。寒いと何だかしみったれた気分になる。貧乏臭い気分になる・・・・なんか違うな・・・・うん、惨めったらしい気分になる、っていうのが一番近い、かな?

コートの襟を立てて、辺りを見回す。郊外のバス停、昼間だけどバスを待っている人もまばらで・・・・次のバスは約30分後・・・・って、どんな田舎よ!ここ!・・・・携帯は黙ったまま。

どうして、何も言ってこないのかな。

さっき、あたしは彼にずいぶんとめちゃくちゃなことを言った。そして、そのまま携帯を切ってしまった。だからそのことを怒ったり、それともその通りだと思うなら謝ったり、そんな反応があってしかるべきだと思う。・・・・これって寒いからちょっと誰かの声が聞きたいだけなんだ、とあたしは自分を分析する。決して淋しいんじゃない。

いつまでも光ろうとしない携帯のマスコットを見つめているのも癪なので、あたしは、辺りを見回した。バス停に立っているのはあたしも含めて、4人。

みんな寒そうだ。

あたしの斜め前には、肩をすくめ、ちょっと猫背になってうつむいている若い男の人。細くって小柄で、・・・・そう、華奢って形容詞が似合いそうな感じだった。やっぱり寒いんだろう、目深に帽子をかぶってる。あたしに見える横顔はずいぶんと整っていて、そうだな、SMAPの中居くんにちょっと似てなくもない。って言っても、ファンでないあたしには、平日の昼間にこんな処に中居くんがいるってことが、現実にあり得ることなのかどうかはわからないけど。だけど、本当にそうだったら、楽しいから、そう言うことにしておく。きっと何かのロケで、ここまでやって来て、そして予定より早く仕事が済んで、息抜きに一人になったんだ、って。

まだバスはこない。そして携帯のマスコットも・・・・

「寒いなぁ」

思わず言葉がこぼれた。

不意に目の前の男の人が顔を上げた。1台の車が彼の前に止まり、彼は二言、三言運転席の人と何か言葉を交わしていた。

「何?おまえも迎えに来てくれたの?」

彼が後ろの座席に向かって、そう言うのが聞こえた。一匹の黒い犬がそこにいるのが、あたしの立っているところから、ちらりと見えた。彼の声はちょっと掠れ気味で、でもとっても柔らかかった。彼が助手席に乗り込むと、静かにその車は発進した。何だか家族って感じで、とってもあったかそうで、あたしはしばらくじっとそれを見送っていた。

不意に携帯が鳴り始めた。ミッキーマウスマーチ、あたしのだ。

どきっとして、ちょっと息を吸ってから、あたしは携帯のボタンを押した。彼の声が聞こえてきた。