日々是好日

 

 某月某日水曜日。

 珍しく、その日、僕は一番にスマスマのスタジオ入りをして、とってもいい気分だった。日頃はメンバーに「遅刻キャラ」として言われ放題の僕だって、年に何度かは、こういうことがある。早く誰か来ないかな?来たら、ちょっと自慢しちゃうのに・・・・。

 そんなに待たないうちに、木村くんが控え室に入ってきた。

「おはようっ!」

声をかけたら、ちらっと僕の方を見て、ぼそっと

「おはよ・・・・」

って、返してくれた。それだけ言ってから、荷物をおいて、部屋の隅のソファにどさっと腰を下ろした。で、うつむいて頭を抱えるようにしている。木村くんがこんな風だなんて珍しいなぁ、疲れてるのかな?なので、何となく自慢しにくくて、僕もそのまま椅子に座ってぼんやりとしていた。

 次に来たのは吾郎ちゃん。俺に気付いて、

「あれ?珍しい」

とだけ言うと、ドレッサーの前に座ってさっさと準備を始めてしまった。

「ねぇ、吾郎ちゃん」

と声をかけようとしたとき、ドアが開いた。中居くんだ。ここで自慢しなくちゃ!!って、僕はドアの方を振り向いたんだけど。

 ねぇ、空気が凍り付くのって見たことある?・・・・見る、って言うのは違うか。空気は見えないもんね。

 でも本当に言葉だけではなく、その時はまさしくそんな感じだったんだ。

 中居くんが控え室に足を踏み入れた途端、「ぴしいっ」って音が聞こえたような気がした。何なの?って思ったけれど、その辺のところはさすがに12年の付き合いだし、すぐに伝わってくる。凍り付いているのは、中居くんと木村くんの間の空気。あぁ、この人たちってば、またやっちゃったんだ・・・・。木村くんがさっきあんな風だったのにも、やっと納得する。吾郎ちゃんも何か気付いたな、って感じだったけど、それは表さずに鏡を覗き込みながら髪の毛をいじっていた。

「おぅ・・・・」

低い声で言って、中居くんも、木村くんとは反対側の部屋の隅の椅子に腰を下ろした。中居くんも木村くんも、お互いに相手を見ないようにしているんだけど、全身で意識しているのがわかる。で、その意識の仕方が・・・・。ねぇ?僕まで二人のことを見ちゃいけないような気になって、すっごく気まずかった。声をかけた方がいいのかなぁ?でも、どっちか一方に声をかけるって言うのもかけづらい感じだし・・・・。

「おう、慎吾」

 中居くんが声をかけてきた。

「何、おまえ早かったじゃん、どしたの?」

言ってるけど、あまり意識は僕に向いてないよ?それくらい僕にだってわかるんだけど・・・・。でも、さすがに今の中居くんにそんなこと突っ込めるほど、僕も命知らずじゃなくって・・・・。その後僕と中居くんの間で、ずいぶんと上っ滑りな会話が二言三言交わされたのだった。

「おはよう」

 つよぽんが入ってきて、会話が途切れたところを見計らって、僕は部屋を出た。

 廊下の隅の自動販売機で、コーヒーを買ってから、プルタブを開けずに手の中で転がしながらぼんやりしていると、つよぽんも出てきて僕のそばに立った。

「・・・・何だか居づらくってさ」

 聞かれもしないのに、そんな風に呟く。でも、わかる気がする。一歳しか違わない吾郎ちゃんたちがどう思っているのかはわからないけど、僕らにとっては中居くんと木村くんって、両親みたいな感じ。この世界に入ってから、いろいろ面倒みてもらって、可愛がってもらって、からかわれて、苛められて、けど、何か間違ったことをしたときには真剣にしかってくれて。だから、堪んないんだ。あの二人が喧嘩をして、何だか気まずい感じになっていたら、お父さんとお母さんが喧嘩をしているのに行きあわせた、子どもみたいな気持ちになっちゃう。パパもママも大好きなのにどうしたらいいんだろ?って。

 むかし、あの二人がとっくみあいや殴り合いの喧嘩をしていた頃、僕はまだ小さかったから、何もできなかった。こうやって、つよぽんと二人で廊下で震えながら膝を抱えているしかなかった。ただただ、神様に祈りながら、嵐が通り過ぎるのを待っていた。そして、今。僕らは、ずーっと大きくなった。僕は、あの二人よりもずっと大きくなった。だけど、やっぱりこうやって僕らは、こんなところに立っている。大きくなったのに、僕らはきっとあの、小さかった僕らのままなんだ。

「なんかさぁ、俺たちって、パパとママの夫婦喧嘩を泣きそうになりながら見ている、ちっちゃな子どもみたい」

「うん」

つよぽんが僕と同じようなことを考えていたことに、ちょっと驚きながら僕も頷いていた。

 

 その日の収録中、お兄ちゃんたちはとっても仲良しさんだった。一見いちゃいちゃに見えるほどに。さすがはプロ!ってことなのかもしれないけど。スタッフの中には、「君たち、本当に仲いいよね?」なんて誤魔化されちゃった人もいたけど、僕たちはいっそ、険悪な雰囲気を引きずったままでいて欲しいくらいだった。確かに、顔を見合わせてにっこりしたり、お互いに冗談の応酬をしたりしているんだけど・・・・目が笑っていないんだってば!そばにいると、怖いくらいで。冗談の応酬に巻き込まれたとき、僕は思わず、「ごめんなさい」って言いそうになっていた。・・・・胃が痛いよぉ。

 

 控え室に戻ってからも、二人はそのままで。まず、中居くんが、何も言わずに荷物をまとめて控え室を出た。その中居くんが控え室のドアを閉める音を聞いた瞬間、木村くんが力一杯テーブルの足を蹴った。勢いよくテーブルは壁にぶつかって、とても大きな音を立てた。そして、木村くんも荷物を掴んで部屋を出た。

 ばんっ!

 叩きつけられるようなドアの音を聞いた後、しばらく僕らは何も言えなかった。

「ふぅ」

つよぽんの溜息に、やっと僕もしゃべり始めることが出来るようになった。

「ごろーちゃーん」

僕は、恥ずかしながら、比較的、冷静に見える吾郎ちゃんに泣きついた。

「どうにかなんないの?あの人たち!俺、もう胃が痛いよぉ」

「堪んないよぉ」

つよぽんも横から言い募る。

「はぁ」

吾郎ちゃんが如何にも、な溜息をついた。

「あの人たちも相変わらずだけど、おまえたちも相変わらずだよねぇ・・・・。あれは、犬も喰わない、ってヤツだから、こっちがいろいろ心配するだけ馬鹿らしいよ。ほっとけばいいの!」

言って、吾郎ちゃんは荷物を持って外に出た。後には僕とつよぽん。

「そうは言っても、ねぇ」

僕らは顔を見合わせた。このまま、この状態が何日か続いたら、本当に胃炎か何かで病院通いしなきゃならないような気がした。

 神様!僕は、これからは遅刻しないように気をつけます!好き嫌いも言いません!だからお願いです。どうにかしてください!!

 

 翌日、僕はやっぱり遅刻をせずにわりと早めに控え室についた。控え室のドアを前に僕は深く息を吸った。ドキドキしている。あの二人だけ、とかだったら嫌だなぁ・・・・。

「おはよーございまーす」

僕はドアを開けた。

 神様はいないのかもしれない。と、僕は思った。

 控え室の中には木村くんと中居くんがいた。よりにもよって二人っきり!僕に最初に気付いたのは木村くんだった。

「よぉ!」

顔だけ僕の方に向けて挨拶を返してくる。中居くんは身体ごと僕の方に向き直った。

「なになに〜?最近おまえ、はえーじゃんっ!どしたの、一体?」

あれ?僕は入り口に立ちつくした。・・・・空気が違ってるじゃん。こう、ほんわりしてやわらかい感じがする。

「なにしてんの、さっさと入ってくれば?」

木村くんは僕にそう言ってから、中居くんに煙草の箱を差し出した。

「見つかんねぇんだろ?俺のでいい?」

・・・・大して中居くんの方なんか、見てないようだったのに、よく気が付いたよね。中居くんもまったく当たり前、って顔でそれから一本受け取って、くわえた。そこへすかさず木村くんがライターを差し出して中居くんは煙草に火を点けた。その中居くんの煙草の火を使って、木村くんも自分の煙草に火を点けた。

 ふわりと煙を吐き出して、

「貰っててわりぃけど、相変わらず、おまえの吸ってる煙草ってまじぃ〜」

中居くんは文句を言った。

「うっせぇ!」

木村くんはそう返すと、

「だったら吸ってんじゃねぇよ!」

って、中居くんの口から煙草を取ろうとした。

 言葉にすると、何だかちょっと険悪な感じもするけどね。でも、二人とも、目が笑ってるから、そばにいても怖くない。

「ほらごらん、心配するだけ馬鹿だって、言ったでしょ?」

いつの間に後ろにいたのか、吾郎ちゃんが言った。

 

 結局、中居くんは煙草を買いに行くって、控え室を出て、木村くんも何だか理由を付けて後に付いていった。

「よかったねぇ」

 僕は心の底から、そう言った。でも、吾郎ちゃんはわざとらしく溜息をついて言った。

「これからまた、しばらく大変だよ」

「え?」

「喧嘩の後は、反動なのか、すっごく仲良くなるでしょ、あの人たち。今度もきっとすごいよ。それに付き合わなきゃならないかと思うとね」

「確かに、それも大変だよね」

つよぽんもそう言って、僕たちは思わず揃って溜息をついていた。

 

 だけど

「平和だなぁ」

僕は落ち着いてゆったりとした空気を思いっきり吸い込んだ。うちのお兄ちゃんたちの仲がいいと何だか空気があったかい気がする。そして、この上二人の関係が良好ならば、何があったってSMAPは、結局、「日々是好日」な訳で・・・・。二人とも、そう言うとこ、わかってんのかなぁ。僕はドアの向こう、廊下から聞こえてくる二人分の笑い声に耳を傾けながら、そんなことを考えていた。

END