月に願いを

「もしかして今日って三日月?」

中居の声に木村も西の空を見た。

脅威の視聴率を誇るバラエティ番組の収録のほんのわずかな待ち時間。息抜きのために出た屋上のその頭上は淡いワインカラーに染まっており、長袖の上着を通しても、涼しい風が染みてくるようだった。

そんなロゼワインの空に、爪切りをした後の爪の欠片のような細い月。

「なぁ、知ってる?」

中居が子どものような笑みを浮かべて木村の顔を覗き込んだ。

「三日月に願いごとしたら、叶えてもらえるんだってさ」

いつもだったら、木村がそんな話をしようものなら鼻で笑いかねない、超が付くほどのリアリストの中居の言葉に、木村は驚いた顔をした。余程それが居心地悪く感じられたのだろう、中居は落ち着かな気に木村から視線を逸らし、もう一度三日月を見ながら言った。

「昔・・・・ばあちゃんがそう言ってたんだよ」

吐き捨てるような中居の言葉に、微笑みながら木村は訊いた。

「それで・・・・中居、何か願いごとしたの?そして、それは叶った?」

「そだな・・・・。勉強が出来るようになりたい、って言うのはこんなもんだし、プロ野球選手になりたい、って言うのは結局無理だったし、結構叶ってねぇよなぁ?」

「なんだ叶わねぇんじゃん」

木村はポケットから煙草を取り出すと、口に銜えて火を点け、中居にも1本すすめた。遠慮なくそれを手に取り、銜えると中居は木村の煙草から火を点けた。

立ち上る煙を目で追って、そしてため息のように煙を吐き出してから、中居は言った。

「でも、俺の1番の願いは叶えてもらえたぜ?」

「何よ、それ?」

「・・・・ナイショ」

中居は笑った。

「だからさ、とりあえず、俺は三日月にはお祈りすることに決めてんの」

そっと手を合わせて目を伏せる綺麗な横顔に、木村もつられたように手を合わせていた。

先ほどより、藍の色合いを増した西の空に真っ白な爪の欠片は今にも落ちそうに引っかかっていた。