ハードボイルド未満

 

「その依頼って、・・・・なんかスキャンダルになりそうな内容な訳?」

中居の嫌そうな様子は間違いなく木村に伝わったのだろう、あわてて木村は口を開いた。

「いや、そんな大げさなもんじゃなくってね」

「・・・・でもスキャンダルになりかねないんだろ?」

「んもう!とにかくちゃんと聞けって!」

木村は中居の両手をとると、ぶんぶんと振りながらそう言った。

「あのな、依頼の内容は一言で言えば盗難なんだけど」

「盗難?」

「そう、盗難。定期テストの問題が金庫から盗まれたっていうの」

木村は、依頼人の様子も一緒に事件についての説明を始める。

 

昼過ぎにやってきた新設校の校長は、事務所の応接室に通されてソファに座ると、神経質そうな様子で口を開いた。

「話はそんなに難しいことではないんですが・・・・」

いいながら、出されたお茶に口を付ける。お湯の温度にまでこだわった木村自慢のお茶の味も、今の彼にはあまりわからないようで、そのまま彼は言葉を続けた。

「実は盗難にあいまして・・・・。盗まれたものは定期テストの問題です」

「定期テスト、ですか?一体どこに置いてあったんですか?」

「はぁ・・・・。それがですね、うちの学校では、定期テスト、実力テストについては業者に印刷を依頼しております。テストの一週間前に、テストの原稿をまとめて業者に渡すのです。締め切り日にこちらに集められた原稿は、金庫に保管されて翌日業者に渡されます。盗難にあった際にはテスト問題は金庫に保管されていました」

そんなに暑い日でもなかったのに校長はそう言ってから、ハンカチで額の汗を拭いた。

「金庫・・・・ですか?全教科盗まれたのですか?」

「いえ・・・・盗まれたのは、一年生の・・・・数Tと英語のリーダーでした」

最近は滅多に口にすることもない教科の名前に、なんとなく木村は懐かしさを感じた。

「その2教科だけ?」

「はい。盗まれたときには多分・・・・全教科揃っていたはずですが、盗まれたのはその2教科のみでした」

「ふぅん・・・・」

同じ場所にあった中から、その2教科が選ばれた理由は何だったのだろう?木村は思う。その教科だったのは偶然で学校に対する嫌がらせか、あるいはその教科のテストを作った教師に対する嫌がらせか・・・・。

「2〜3点、お尋ねしてもよろしいですか?」

木村の問いに校長は手にしたハンカチを握りなおした。

「あのですね、まず一つ目はテストを盗られたことで、何か犯人・・・・らしき人物から接触があったかと言うこと、それから数Tとリーダーのテストの原稿を作った先生について・・・・あ、それから結局その教科のテストはどうなったのかも教えて戴けますか?」

「はい・・・・。まず、犯人、と言ってもいいものでしょうか?とにかくそちらからはまったく何も言ってきません。だからこそ少々気持ち悪い、と言うこともありまして・・・・。今回のテストの作成者は、数Tは林先生、リーダーは落合先生。どちらも熱心な・・・・特に誰かに恨まれるような方ではないと思います。それから、テストでしたね。盗まれたからといってテストを無しにするというわけにはいきませんから、もう一度先生方には作り直して戴いて、一日遅れで業者に渡しました」

 

「でも、それのどこがスキャンダルに発展する訳よ?」

静かにその話を聞いていた中居が初めて口を挟んできた。

「あぁ、金庫は無理矢理にこじ開けられた様子はなかったらしい。つまり、問題は金庫の鍵なんだ。金庫の鍵を持っているのは管理職のみ・・・・つまり、校長、教頭、そして理事長、と言っても、それだけだと不便だから、教頭は昼間は自分の机の引き出しに置いているらしい・・・・。そこの学校に勤務している人間はそこに鍵があるってことを知っているそうだ。ってことは、内部の者が、関わっている可能性が非常に高いんじゃないかって、校長の一番の心配はそこな訳」

「・・・・なるほどね」

中居は、大きくのびをした。

「確かに、そりゃスキャンダルかもしれねぇな。だけど、てめぇの事務所にはちょうどいい程度の事件なんじゃねぇ?わざわざ俺が手伝うこともないだろ?」

「・・・・何でそんなに手伝いたくないんだよ、おまえ」

木村が恨みがましい視線を中居に向けた。

90000人突破記念に続く・・・・