おとぎ話のむこう側

 

 突然だけれど、木村拓哉は某国の王子様だった。そして、まさか誕生日のパーティーに招待し忘れたというわけではないだろうが、木村は魔女によって呪いをかけられてしまった。

 その呪いというのは。

 魔女の魔法によって姿を変えられてしまった木村を日が沈んでしまうまでに見つけられなかったら、木村はもう人間には戻れないという、ある意味お伽噺としてはよくあるパターンに分類されるものだった。

 まぁ、そんな呪いをかけた魔女に言うのは変かもしれなかったけれど、親切な魔女だったらしく、「この家から外へは出ていないから、見つけ出すのもそんなに大変じゃないだろう?」というヒント付き。ただし、「だから代わりに、チャンスは一人につき一度きり。一度間違えた者は、もう二度と木村を見つけることはできないよ?」というおまけを付けてくれたと言うことは、やっぱりそれほど親切でもなかったと言うことだろうか?

 とにかくそんな王子の呪いを解くために、王様が早速おふれを出したのも、お伽噺らしいと言えばお伽噺らしかった。曰く。

「王子の呪いを解いた娘を王子の妻とする」

それを聞きつけた、木村ファンの女の子達、あるいは王妃と呼ばれるのを夢に見る女の子達が、広い広い家の中で、片端から

「木村くんっ!!」

と呼びかけていくのを中居は見るとはなしに見ていた。

 どうして、女の子達は木村に気付かないんだろう?

 それが中居にとって一番の疑問だった。魔女の魔法が未熟なのか、あるいは木村のオーラが強烈すぎるのか、中居が見る限りでは木村の存在は隠し切れていない。どんなに姿を変えたところで、やっぱり木村は木村なのだと中居は思う。それともそれは、中居にしかわからないとでも言うのだろうか?多くの女の子達が入れ替わり立ち替わり訪れては、木村を見つけきれずに立ち去っていく。

 いっそ中居が木村を見つけてやるべきか?とも思ったけれど、さすがに木村の嫁というのはお断りしたいところだったから、中居はただそんな様子を見守るばかりだった。

 けれど、無情にも時は過ぎ、地平線のむこうに太陽が沈みはじめる。さすがにこのまま木村が人間に戻れないというのは、冗談ではないと中居は思った。中居は駆け出すと、いくつものドアを開けて辿り着いた部屋の書棚から、一冊の本を取り出した。

「木村、いい加減に元に戻れよ!」

本はまるで返事をするように小さく震えると、やがて床にぽんと飛び降りてその姿を変えていった。

 

「と言う夢を見たんだ」

中居は疲れ切ったように煙草の煙を吐き出しながらそう言った。

「で?で?ねぇ、それってつまり、中居くんが呪いを解いたってことでしょ?だったら、中居くん、木村くんのお嫁さんになっちゃったの?」

面白そうに言う末っ子の頭を、いっそ気持ちいいといっていい程の音をたててはたいてから、

「知んねぇよ。『こりゃ、夢だべ?』と思って、必死に目を覚ましたからな」

そう言って中居は煙草の火を消した。

 事実、余程必死になっていたものか、今朝目が覚めた時には、充分な睡眠時間を取っていたはずなのに、ぐったりと疲れ切っていたのだ。その疲れは、スタジオに来てすらも抜けなくて、目敏い末っ子に理由を話してやる羽目になったのだったけれど。

「次の収録までまだ時間があるって言ってたな?」

 そんな風に確認しながら、中居は仮眠の体制に入った。今度こそ夢なんか見ないで眠れるようにと祈るような気持ちになりながら。