桜咲く

 

 知ってる?あの小学校の校庭にすっげーきれいな桜が咲いてんの。

 

中居にそう言われて、木村ははおや?と思った。中居がそう言うことを言い出すなんて、何だか珍しいことのように思われたから。

 

 こないだ、ボニの散歩に行ったときに見たんだよ

 

不思議そうな顔をした木村に中居は笑った。

 

 それじゃあさ、見に行こうか?

 今から?

 

二人とも仕事を終えてから、の話だったから、時刻は深夜も深夜、昔風に言えば丑三つ時だって、はるかに過ぎていた。だけど、月の光の明るさが二人を誘っているようで、二人はそのまま、人目を避けるようにしてこっそりと外へ出た。

 

 こっち、こっち。

 

住宅街の街灯をさえも避けるようにして、二人はその小学校へと向かった。

そして。

角を曲がったとき、二人の目の前には大きな桜の木が枝を広げて、今を盛りに花をほころばせていた。風もないのに、花びらがひとひらふたひら二人に纏わり付くように散っていく。

 

 へぇ。ほんとにすっげぇ。

 

しばらくして、ようやく、という感じで木村がため息とともに口を開いた。

 

 こっちからの方がよく見えんのよ。

 

そんな木村を満足そうに見つめてから、中居は木村に手招きすると、校門から校庭へと忍び込んだ。

 

 なぁ、まずいんじゃねぇの?これって、不法侵入とか言わねぇ?

 

そうは言ってみるものの、木村もまたそのあとに続く。

 

 フライデーに見つかったら、撮られるぜ?

 で、堂々のスクープね、深夜の小学校、SMAP不法侵入!!って。

 

お互いにそんな減らず口叩くのも、何だか妙に楽しい気がした。

 

 おまえいつも、ボニ連れて中まで入ってんの?

 

自信たっぷりに歩いていく中居に、呆れたように木村は尋ねた。中居はそれには答えなかったが、実際やってるな、と木村は確信する。二人はやがて大きな桜の木の下に立っていた。スポットライトのように月の光を浴びて、桜の樹そのものもぼんやりと光っているように見えた。現実感がなくなって、隣にいる中居さえいなくなってしまいそうで、思わず、木村は中居の腕を掴んだ。

 

 なに?

 

中居が振り向いて笑った。

 

 何でもねぇよ。

 

慌てて取り繕うように木村は答えた。そんな木村の不安な気持ちに気付いたのかどうなのか、中居はそのことには触れないで、まるで話を変えようとするみたいに、

 

 入学式シーズンだよな。

 

なんて、小さな声で呟いた。

 

 おまえ、小学生の頃、どんなガキだった?

 

何かを懐かしむように中居が木村に尋ねる。

 

 どんなって、普通のガキだよ?そのへんにいるような。おまえこそどんなだった?

 落ち着きのねぇガキだったなぁ、今ここにいたら、ちょっとヤかもしれない。

 

そんな風に言ってはいても、その声は、何だかとっても優しく聞こえた。

 

 遠足に、キャンプに、クラブに、委員会に、何もかもが新しいことの連続で、ほんとに毎日があっという間だったっけ。

 遠足とか、運動会とか、張り切るタイプだっただろ?おまえ。

 

木村が言うと、中居は少しふくれて見せた。

 

 そんなの決めつけんなよ、まぁ、実際その通りだけどさ。おまえは、どうだった?

 変わんねぇよ。おまえと同じ。小学校最後の運動会なんて、気持ちが入り込みすぎて、閉会式、泣きそうになったね。

 その頃から、そんなだったの・・・・変わんねぇヤツ。

 そう簡単に変わるもんでもないでしょ?

 

二人の間を風が吹く。いつの間にか、冷たさの減ったその風に、確かに春を教えられる。風がふうわりと桜の花びらを何枚か踊らせた。中居は静かに歩き出すと、ぶらんこに座り勢いよくこぎ出した。

 

 何かさぁ、昔楽しかったよな。ぶらんこなんてこうやってこいでると、空まで届きそうな気がしたっけ。

 

遠い空に中居が足を伸ばす。さっきよりは今度の方がもっと遠くに、今度よりは次の方がもっと遠くに、足が届くように。ひとしきりぶらんこをこいでいた中居が、不意に跳んだ。

 

 中居っ!

 

慌てて、駆け寄る木村に

 

 ガキの頃出来たことって、結構今でも出来るもんだな。

 

中居は嬉しそうに言う。

 

 今でもって・・・・。おまえ、あぶねぇだろ?もしものことがあったらどうすんの?

 もしものこと、なんてあるわけないじゃん

 

木村に向かって中居は不敵に笑って見せた。一瞬、小学校時代の中居の姿がだぶって見えた気がした。元気いっぱいで、悪戯っ子だったんだろうなぁ、と木村は思う。そんなヤツに大人の論理を話して聞かせなきゃならなかった当時の先生にちょっとだけ同情してしまった。だけど木村は、自分も、どっちかと言えば、そんなガキだったなぁ、なんてことも思い出す。まるで、そんな木村の心の中を見透かしたように中居は木村の顔をのぞき込んだ。

 

 昔よく、禁止になっただろ?おまえたちもそうだった?

 まぁな。だけどいつの間にかまたはやりだすんだよなぁ。どこまで跳べるかって。

 も一度跳んでみる?今度はどっちがたくさん跳べるかって。

 

けれども中居の誘いは丁寧に断って釘をさした。

 

 それはやめとく。おまえもやめとけ。とりあえず、自分1人の身体じゃねぇんだから。

 つまんねぇの。 

 

そうは言ったものの、中居は今度はぶらんこに座ってもゆっくりとこぐだけだった。

 

 あの頃と、俺は何にも変わってないはずなのに。あの頃のままでいたはずなのに。俺、一体、いつ大人なんかになっちまったんだろう?

 

そう言えば、いつの間にか中居はリーダーになってて、いつだって大人を相手になくちゃならなくって。だから、中居は、多分メンバーの中で一番に子供時代を失ったのかもしれなくて。そんな中居のとなりのぶらんこに腰掛けて静かに揺らしながら木村は訊いた。

 

 なぁ、中居!中居ってば!!ねぇ、おまえ、あの頃に戻りたいとか、思うの?

 

なんで?中居は首をかしげた。

 

 すっげぇ楽しかったけど、今も楽しいし、戻ったらおまえら、いないじゃん?

 

中居が笑った。極上の笑顔で。