隣にいるはずの、少しだけ自分より低い位置の小さな頭が見つからなくって、俺は控え室を出た。大晦日恒例の大がかりな生番組。あちこちで大勢の人が行き来を繰り返し、舞台裏や、控え室の辺りはごった返している。 だけど確か・・・・。 さすがに10年目にもなると、そんな人の流れからそれた、ある意味死角とも言える場所の一つや二つは知っていて、その中のひとつ、廊下の隅の階段のそばにあいつはぼんやりと立っていた。 「どうした?」 あいつの横に片方の膝を抱くようにして座り込むと、あいつは俺の方も見ずに、 「なんか落ち着かなくてさぁ」 と呟いた。 いつの間にか俺らの位置づけも10年間でかなり変わってしまっていて、以前だったら、前半でさっさと歌って終わり、という感じだったのが、後半のかなり重要な位置で歌うようになっていた。それを待つ時間が曖昧に過ぎていく。 「何年か前までは、31日にこんなぼーっとする時間なんて考えられなかったのにな」 あいつはちょっと天井を見つめてからそんなことを言った。 俺もあいつの方も見ずに訊く。 「その方がよかった?」 「わかんねぇ」 あいつの唇から零れた溜め息が俺のもとに降りてくる。 もうすぐ20世紀も終わろうとしていたけれど、俺達の未来は結局不透明で、確かなものなんて何もなくて。 俺はあいつの腰に手を伸ばすと、ぴったりと身体がくっつくように引き寄せた。触れ合った部分から、お互いの温もりだけが伝わってきて、なんだかそれだけが唯一の現実のような気分になった。 「なぁ、ひとつだけお願いがあるんだけど」 あいつの視線が初めて俺をとらえた。 「何?」 「この後さ、番組終わったら、みんなでおめでとうを言うじゃん?その後、どこでもいいから初詣、付き合ってよ?」 「改まって言うから、何かと思ったら・・・・それだけでいいのかよ?」 「うん」 ゆっくりと俺は脚を伸ばした。 「21世紀はね、とりあえず、あまり欲張らないことにしたの。あんまり願い事ばかりじゃ神様も大変じゃん?」 「俺は神様かよ?」 あいつは笑い、腕の時計の文字盤を読んだ。 「そろそろ行かなきゃな」 腕を伸ばして俺を立たせる。 そして俺達はそのまま手をつないで控え室に戻っていった。手のひらから、ささやかな祈りが零れていかないように。 |