雪が降ってきた

 

 夕方過ぎからちらついていた雪はどうやら本格的な降りになっているらしい。いつもに比べて道路を走る車の音が格段に少ない気がした。

 辺りの音をすべて吸い込むようにして雪が降っている。

 そんな沈黙を破るように不意に鳴り出した呼び出し音に、俺は読んでいた脚本を置いて携帯を取り上げた。ディスプレイ上に示された名前に、随分と珍しいことがあるものだと思った。受信ボタンを押すと、少し聞き取りづらい低めの声がぼそぼそと話し始める。

「今、おまえのマンションの近くなんだけど、雪が酷くてさ・・・・これ以上運転すんのもなんかヤバそうで・・・・わりぃけど泊めてくんねぇ?」

別にいいよと答えると、あと5分で行くからと言って携帯は切れた。

 本当にほぼ5分後、彼はうちの玄関のドアを開けていた。

「ほんとわりぃ、俺の車ってば、車高落としてんじゃん?これがまた雪に弱くってさ」

そんな風に言いながら彼はまだ身体のあちこちについた雪の欠片を払っていた。

「そんな降ってんの?」

「すっげぇよ、まじに」

そう言いながら何だか寒そうな彼を、とりあえずあったまってこいとバスルームに向かわせて、その間に俺は身体の中からあったまるものを用意することにした。

 彼も俺も今はドラマの仕事が入っているから、すぐに休むというわけにも行かないだろうし・・・・と言うことで、アルコールは避けることにした。バスルームに、夕食がすんだのかを尋ねると、もうすんだという答えが返ってきたので、結局珈琲をいれることにする。豆を挽いて、お湯をぐらぐらに沸かして、あとは彼が風呂から上がるのを見計らっていれるだけに準備を整えた。

 少しだけ大きめの俺の服を着て出てきた彼にいれたての珈琲を渡す。

「ありがと」

短く言って受け取ると、彼はゆっくりとカップに口を近づけた。

「酒の方がいいかなとも思ったんだけど、まだ本見たりするだろ?」

「ん、こっちの方が助かる」

言いながら彼は持ち込んでいた荷物の中から本を取りだした。

「明日もやっぱり、収録有り?」

「おまえと一緒・・・・」

言いながら、驚くほどの集中力で彼はそれに意識を向けていった。だから俺も彼が来るまでに読んでいた本をもう一度取り上げる。

「もしかしたら、明日の朝いちの分は流れちまうかもな」

 ふと、彼が呟いた。

「ん・・・・かもな」

彼が風呂に入っている間にベランダから見た雪景色を思い出しながら、俺も答えた。この調子で降り続けば、多分明日は交通もストップしてしまうだろう。雪が降る度に言われることだけれど、この街は本当に雪に弱い。

 チッチッチッチッ

 時計の秒針が進む音と、彼の気配と、雪の降る気配しか感じられない。まるで世界に二人しか居ないような、不思議な静寂。

 けれどもそれは、カップの中でいい香りをさせている珈琲の湯気のように、どこか温かな色をたたえていた。

 

END