銀河漂流 バイファム概論  事 象 考 察

 第5回   ククト語と地球語 意外な接点

 このストーリーを何の気なしに見ていると、気づかない点がある。それは「言語」についてである。はっきり言わせてもらえれば、ほとんどすべての、「宇宙」を取り扱うアニメーションで敵陣営も地球語を話しているものがめちゃくちゃ多い。唯一の例外でありこれが「普通」と考えられるのは「超時空要塞マクロス」(劇場版だけと記憶している)。敵方は自国の言葉をしゃべっており、これに字幕がついていた。ことこのアニメーションに関しても、言語という側面から見てみると、非常に興味深い。
 まず、いろいろな人種が混じっていたと見られる地球サイドでは、この物語の端緒となった2058年ころにはすでに世界統一の言語−−地球語とする−−が制定されていたと判断する。そうでなくては、さすがにクルーたち13人のコンセンサスが取れようも無いからである。しかし、実は、地球語は「日本語」がベースになっているのではないか、と思われるシーンがある。
 34話である。岩場に不時着していたジェイナスがようやく発見され、ミューラァたちがジェイナスブリッジになだれ込んだときである。彼ら下級兵士を迎えたのは誰かがプログラムしたであろう、「AHO」「BAKA」を交互に表示する、いわばいたずらプログラムであった。もし、地球語で彼らをなじる言葉があったとするならそれが表示されているはず。日本語のニュアンスの強いアホ・バカがここで使われているということは、地球語がかなりの部分、日本語に影響されて作られているものだということである。まあ、この部分は「日本」でつくられたアニメーションでもあるし、全員が日本語でしゃべっている。ここのところはあまり突っ込んで話をしたくない。

 しかし、こと「ククトニアンがしゃべる地球語」ということになるとまったく話は違ってくる。

 まず、ククトニアンで地球語を話して登場しているのは、以下の人たちである。
 @ラレド−−14話
 Aロディの取調官−−27話/28話 
 Bジェダ−−27話/28話/29話 39話から45話まで
 Cミューラァ−−29話  34話 40話・41話 42話 44話(ロディと白兵戦に持ち込んだとき)
 Dサラエダ−−40話 41話他。ただし他のククトニアンは翻訳機をつけているため記載せず。
 Eメルの父親−−37話 38話

 そう!こんなにいるのである。自分でも文にしていてびっくりした。
 さてそれでは個別に見ていこう。やはり、疑惑の登場をした@ラレドからだろう。登場当初から、彼は流暢な地球語を話している。ではなぜそれがいえるのか?まずケイトは、彼を「異星人」と当初見ていなかった節があることである。ところがレントゲンなどから、骨格など地球人と違いがあることにここで気づく。すらすらと立て板に水のごとく地球語を話せている彼に、物理的におかしなところを見つけたのである。

 ところが、言語情報は圧倒的にゲリラより持っているはずのAロディの取調官のしゃべりは、外人がしゃべる日本語そのもののようなたどたどしい口調であった。「よろしい、またにしましょう」「話す気になりましたら、いつでもいてきて(言ってきて)ください」と、文法もめちゃくちゃ。まあ、これは地球語が母国語でもなく、付け焼刃の通訳/異国の言葉を学習するにはやや遅かったという側面もあり仕方の無いことだろう。Bジェダのしゃべりも似たようなものだった。ただ、29話でタウト星が制圧されてから、急にその口調は滑らかなものになっている。とはいえ、Aよりはやや若いことなどを勘案すれば、使っていくうちに慣れが生じたと考えることもできる。

 そしてCミューラァの登場である。29話でロディと対峙したときも、はっきりと「君は地球人か?」「あれは君たちの船か?」などとよどみなく発音している。彼が地球人と異星人のハーフであることはこの時点では伏せられているし、敵の軍人のはずなのにこんなに流暢に地球語が話せるのはおかしい、となるのが普通である。もっとも勉強していたのかも、を想起させる聡明そうな面立ちも手伝って、違和感無く流れていくシーンではある。34話は、地球語で対応するシーンもさることながら、初めてククト語がおおっぴろげに字幕つきで放送された回でもある(19話でも敵の無線を傍受できたシーンがあったが、ノイズが多くまともに聞き取れなかった)。ミューラァがブリッジに入ってきたとき、下士官からの報告はククト語で受けており、当然ながらククト語もしゃべられることがわかる。そしてある一席に座り込み、「AHO」「BAKA」のプログラムに苦笑しながらもボギーに話しかけるときは地球語になっている。ボギーの返答に要領を得ないと悟ったミューラァは、コンソールをドンと両手でたたくとククト語で吐き捨てるように下士官に命令している。40/41話、つまり捕虜になり、アジトから脱出する一連のシーンでは、まずロディがとらわれのミューラァと対峙するときに、ミューラァはリベラリストの看守が来たと思い込み(おそらく)ククト語で話しかけている。ところが振り返るとロディがいたのである。このときロディは翻訳機を装着している(視聴者であるわれわれもククト語は翻訳されて聞き取れているという格好になっている)こともあり、彼の独り言のような会話も聞き取れていたと考えられる。問題はその後の彼らの会話である。ククト語→地球語は翻訳可能だが、ミューラァは翻訳機をつけていないため、地球語→ククト語には変換不能である。つまり、ミューラァとロディは明らかに地球語で会話していることになる。一方、その途中に入ってきたサライダとはおそらく地球語では会話していないと考えられる。

 サライダとロディがミューラァの出生の秘密に関して会談を持ったのはその直後。この時点では、ほぼ全員が翻訳機を身につけており、よどみなく会話できていること自体はまったく異論は無い。40話以降の地球人対ククトニアンの会話はこのような理由でわれわれにも違和感なく受け取れることになるのである。アジトに入ってから会っているデュボアや、端役の兵士ですら翻訳機をつけているからである。ちなみに、35話/36話は、ククトニアンの子供たちがクルーの一行に闖入してくるシーン。しかしここではククトニアンの子供たちは一切地球語を話していない。38話で覚えた地球語を別れ際に語ったのが最初で最後である。
 さて、そうなるとEメルの父親の会話はどのように受け止めればいいのだろう?翻訳機も無く、もちろんカチュアと二人で収容所内はストーリーを構成しないといけない。しかも、このメルの父親のしゃべり、「ルー大柴」並みの英単語入り混じりの会話なのである。「そこはsafetyなところですか」とか・・・。まあこういったところに「あまりうまくない」(語彙があまりない)と言う一端も窺い知れるのだが。

 さて、この言語の件については、「徹底解析 重箱の隅」の中でも論じている(この部分)。そして、ここでは、「地球語⇔ククト語相互間で翻訳することは不可能」と結論付けている。しかし、ここでひとつの事実に遭遇する。そう、「ミューラァの母親の軍による強制連行」である。この時期をサライダは「地球軍の進出が日に日に目立ち始めたころ」と述べている。つまり、いずれは地球軍と戦火を交えることはわかっていたククト軍は彼女を教師にして、地球語を勉強しようと試みたのではないか、と言うのである。北朝鮮が拉致してきた日本人を先生にして、スパイや工作員に日本語を教えていたことと通ずるものがある。ただ、「重箱の隅」の結論では、「一人で言語文化が伝播できるものではない」と述べている。なぜ文化と称したかというと、軍の地球語情報はおそらく機密事項。軍に所属したものしか地球語はしゃべれていないと見るべきである。ところがラレドはじめリベラリストもしゃべれている。つまり地球語が軍とリベラリストの一部にしか伝わっていないことになる。閉鎖的な集団にしか伝わっていないものを文化とはいいにくい。そんなわけで翻訳するほどの語彙収集は無理だったと考えたわけである。ただ、彼女がどの程度生きていたかはわからないものの地球語をかなり所得できていたと考えなければ、「マイクロ翻訳機」と言うような、文明の利器を早々開発できるものではない。

 では今度は地球語をククト語に翻訳できるのかを考えてみよう。実は捕虜とも考えられるミューラァの母親がいたククト側とは違い、地球側には、ククト語を伝える使者なり漂流者なりは、到達していないのである。そもそも、クレアド星の移住実験プロジェクトを壊滅させた地球軍に、異星人の言語情報など、どうでもいいことだったと考えられる。しかしこのときしか言語情報を取りえるタイミングは無いのである。そして、軍のコンピュータにククト語情報を登録するには少なく見積もっても数年は必要となる。事実、ボギーが持っていた(カチュアが別室でコンピュータを操作していたことからボギー本体ではなく、館内の指揮系統をつかさどる別のコンピュータと言うことも考えられる)言語情報では、疑問系の文法は登録されていなかった。それは、「パパ」「ママ」と言った、簡単な単語しか登録できていない、つまりそれほど語彙を収集できていたわけではないと言うことを示している。

 現実問題として、双方向に翻訳が完成しているところから見て、言語情報は、どういうわけかかなり(ククト側にだけは)伝播していると見るべきである。そして、クルーたちは異国の地に降り立ちながら、言語に関する情報をまったく携帯していなかった事実もある。それはただ単に忘れたと言うよりは、使い物にならない情報しかなく、結果的に優先順位の下位におかれたものと考えられる。しかし、もしジェダたちにも会えず、さまようことが長期間に及んでいたとしたら言葉の壁はかなり高いハードルになっていたはずである。