「超文章法」/野口悠紀雄/2002年11月、中公新書

 文章の成功を100とすると、そのうちの80は適切なメッセージを見つけることで決まるのだということ、イナーシャ(惰性)の克服こそが重要であること(ニュートンの運動第一法則:力の働かない物体は等速運動をする)、そして「現役効果」、「自動進行効果」。非常に参考になる指摘が多かった。野口氏の著作は「超整理法3」あたりからカネ儲け主義が見えかくれし、量産の余り質が落ちていたため買い控えていたが、今回は冴えており、往年の感動とインパクトを与える著作に仕上がっている。
 野口氏は既存権力(論述文はつまらなくて当り前と考えている人達がいる)に挑戦し、監視するという点で有能なジャーナリストであり、問題解決能力(冒険物語の共通点から論述文の成功要因を探り説得、相手に感動とインパクトを与える)という点で有能なコンサルタントなのだと思う。
 巻末の文章法について書いた本の「格付け」は役に立つ。しかし、立花隆「『知』のソフトウェア」と佐野眞一「私の体験的ノンフィクション術」が入っていないのが気になった。少し視点は違うのだろうが、二人とも文章の構成法や書き方について、自身の経験から示唆に富む指摘を行っている。(2002年11月)

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 適切なメッセージが見つかれば、「どうしても書きたい。突き動かされるように書きたい。書きたくてたまらない」と考えるようになる(なお、こうしたメッセージは、必ず「ひとことで言える」)。

 …メッセージを見つけるには、「考え抜く」しかない。すると、あるとき啓示がある。後ろを見ると、天使が立って微笑んでいるのだ。「あなたはどうやって万有引力の法則を発見したか?」という問いに対するニュートンの答えは、有名だ。彼は、「ひたすら考え続けることによって」と答えたのである。まったくその通りだ。これ以外のどんな答えがありえよう?

 …机を離れ、散歩するほうがずっとよい。アシモフがいうように、「考え抜く」しか方法はないのである。できることは、「考え抜くための環境」を準備することだ。邪魔になるものは、排除しなければならない。一日100通のメールに返事を書かねばならぬ人が考え抜く時間を確保できたら、奇跡としか言いようがない。

 多くの物語には、共通の骨組みがある。…その典型は、冒険物語に見られる。…「指輪物語」や「ハリーポッター」、映画では「オズの魔法使い」、「ストーカー」などが、以下に述べるストーリー展開になっている。しかも、これはヨーロッパの物語だけのことではない。「桃太郎」や「西遊記」などの東洋の物語も、ストーリー展開の構造はまったく同じなのだ。

 1故郷を離れ旅に出る
 2仲間が加わる
 3敵が現れる
 4最終戦争が勃発する
 5故郷へ帰還する

 このように、物語の基本的な骨組みは、「登場人物」と、彼らが行動する「場」という2つの要素で作られている。同様の要素を、論述文の場合にも考えることができる。…桃太郎は、成敗した鬼を部下に従え、鬼が島を開発して王様として暮らせばよいのに、なぜ、あまりぱっとしない故郷に戻るのだろう?…もう1つ不思議なのは、悪役の行動である。彼らは、なぜ主人公の邪魔をするのか?そのインセンティブがはっきりしない場合が多い。

 …洗濯と芝刈りだけでは、「朝起きて歯を磨いて…」と同じことで、冒険もロマンもない。…これでは面白くないし、ためにもならない。旅とは、日常生活からの決別だ。日常生活から離れてこそ、面白い冒険物語を展開できる。じつは、論文でも同じである。

 主人公はなぜ故郷に戻るのか?…なぜなら、物語が「ためになる」には、旅の経験を現実生活で応用できる必要があるからだ。日常生活に戻った上で、冒険の経験を振り返ってみる必要がある。

 「悪役の行動は不自然なこともある」と前節で指摘した。…これは、「対立概念」または「反対概念」なのだ。

 経済的社会階級として通常用いられるのは、「資本家階級と労働者階級」だ。ところが、ケインズは、「資産家と実業者」という区別を考えた。前者は、貴族や大地主のように、多額の資産を保有する階級である。後者は、経営者と労働者からなる。…「資産家」は、資産を保有して運用するだけであり、実際の生産活動にかかわることはない。彼らにとっての最大の目的は、利子所得などの資産収益の最大化だ。ケインズは、資産化階級のこのような欲求が経済活動を停滞させる基本的原因になると考えた。日本でケインズ経済学というと、「公共事業を増やせば経済が活性化する」という有効需要政策のことだと考えられることが多い。しかし、彼の考えの根底にあったのは、こうした経済構造の把握である。これこそが、ケインズ経済学のエッセンスである。

 「純文学」と呼ばれる分野では、竜頭文は敬遠される。しかし、どれもがそうというわけでもない。例えば、カフカの「変身」がよい例だ。「ある朝、グレーゴル・ザムザがなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な毒虫に変わっているのを発見した」と始まる。この文章を読んでつぎに読み進まない人がいるとしたら、そういう人には、どんな書き出しをしたところで、無駄である。

 自分史の書き出し方には、つぎの3つのタイプがある。
1私は、1930年の1月1日に生まれた。
2破綻の日(事業が行き詰って破産した日など)
3大願成就の日(入学試験に合格した日など)
…3の場合は、「自慢話か」ととられ、反撥される恐れがある。人間というのは、嫉妬深いものなのである。これに対して。2の場合には、「大変だな」と同情するとともに、「いったいどうやって逆境を克服したのだろう」という興味もわく。

 ケインズは株価の決定は美人投票のようなものだといった。この比喩は、非常に複雑な現象をわかりやすく説明している。…アダムスミスは「国富論」の冒頭で、「分業の利益」という概念をピンの生産で示している。リカードは「比較優位の原則」をイギリスとポルトガルにおけるワインと羊毛の生産で説明している。同じ概念の説明に、サミュエルソンは、「経済学」という教科書で弁護士とタイピストの例を用いている。…アダムスミスは分業の利益を数字で示した。1人の労働者が作れば一日一本のピンを作ることもおぼつかないが、作業を分割して10人の労働者で分業すれば、1日1人あたり4800本のピンを作ることができるというのである。
 
 権威主義者は、ジャーナリストにも多い。…会って5分も話せば、さらに明白になる。権威には無条件に服従するが、そうでない人には高圧的になる。新聞社の政治部で有力政治家の番記者になると、こうなってしまう人が多い。こういう考えの人から読む価値のある文章が出てくるはずがない。事大主義と権威主義こそ、文章の最大の敵である。

 一般的なエッセイや講話などでは、聖書、シェイクスピア、ゲーテは、「3大引用元」である。すべての真理は、ここに書かれてしまったのではないかと思えるほどだ。日常会話のすべてをシェイクスピアの引用だけで言う人もいる。日本の古典文学では、「徒然草」である。これを引用すれば、「西洋かぶれしていない」という評判を勝ち取ることができる。…経済学者では、ケインズの右に出る人はいない。普通とは違った見方が示されているので、面白い。

 意味の思い違いは、とくに外来語においてはなはなしい。
デッドロック。…「こわれた鍵」なので、「デッドロックに乗り上げる」は誤り。
ホッチキス。英語では「ステイプラ」という。
ダッシュ。「−」のこと。日本人が普通「ダッシュ」といっている記号「´」は、「プライム」と呼ぶ。A´はエイ・プライムである。
ハンドル。鞄などの持ち手のこと。…自動車の操縦装置は、steering wheelという。
ガソリンスタンド。アメリカでは、gas stationという。なお、ガソリンは、アメリカではgas、イギリスでは、petrol。
サボる。sabotageは「破壊工作」という意味であり、「怠業」という意味はない。

 電車に乗ったら、運転席のすぐ後ろに立って運転ぶりを見てみよう。モーターを動かしているのは、出発後のわずかな時間だけだ。あとは電流を切って惰性走行している。ニュートンの運動第一法則(力の働かない物体は等速運動をする)が正しいことを実感する。どんなことについても、イナーシャ(惰性)の克服こそが重要なのである。

 「現役効果」と呼ぼう。仕事を開始し、その仕事に関して「現役」になっていれば、外界からの刺激に反応する度合いが強くなるのである。…逆にいえば、仕事を離れてしまうと、「自動進行効果」は得られない。

 イナーシャ突破のために、ノートパソコンは格別便利だ。私は食卓にノートパソコンを置いてある。食後、仕事再開のために書斎にゆくこと自体に、ある種の「バリア」がある。パソコンでさえ、「あらたまった気持ち」で仕事にとりかかるのでなく、「食後になんとなく」といったことが必要なのだ。

 ベッドに入って寝入りばなにアイディアを思いついたら、必ず紙に書き付けておこう。人間の記憶能力はまったく信用できず、アイディアの逃げ足は非常に速いからである。…ベッドサイドには必ずメモ用紙を置こう。

 A必読。読めば文章の書き方が変わる
◆木下是雄「理科系の作文技術」中公新書、1981年「事実と意見を区別せよ」というのがこの本の重要な注意と考えられている。たしかにそれも重要だが、「読者がそこまでに読んだことだけによって理解できるように書く」という注意も、それに劣らず重要だ。
◆キング、スティーブン(池央?訳)「小説作法」アーティストハウス、2001年。…これほど有益な示唆をつめこんだ文章読本をみたことがない。