−THE ANOTHER SIDE STORYV−
「幸福の値段」
  わたしの名前は金田 静子。
自分でもありきたりなごく普通の名前だと思ってるわ。
ありきたりな名前通り、ありきたりな専業主婦なんかをやってたりするの。
  別に、専業主婦っていう立場に不満はないわ。
でも、やっぱり家にじっとしていると暇を持て余したりするのよ。
そんな時、夫に教えてもらったのがインターネットっていうものだったわ。
いろんなホームページを見て回ったりしてるとそれなりに暇も紛れるのよね。
もちろん、あの日までは絶対危なそうな所には近づかない事にしてたわ。
夫に口をすっぱくして言われてたから。

  そんなある日、わたしの元に一通の電子メールが届いたの。
わたしにも、もうインターネットを通じて何人か友達ができてたから、
そういう友達からのメールなのかな、って最初は思ってた。

  でも、そのメールの送り主の所には名前が書いてなくて、
ただ「幸福をお譲りします」っていう題名だけが書いてあるだけだったの。
最初見た時はどうせ性質の悪いダイレクトメールなんだろうって
思ってたんだけど。せっかくだからちょっと中身を見てみる事にしたの。
だって、話のタネになりそうじゃない?こういうのって。
もちろん、こんな話に乗る気なんてこれっぽっちも無かったわ。

  そのメールの文章の部分にはこんな事が書いてあったわ。
「おめでとうございます。お客様にはこの幸福販売に参加する権利が
  与えられました。つきましては早速商品を、と言いたい所ですが、
  お客様にはまずお試しキャンペーンとして無料で幸福をお譲りしています。
  近いうちにあなたの元に幸福が届く手はずになっております。
  お客様に気に入っていただける事を私どもは確信しておりますが、
  もしも気に入らなければ権利放棄の旨をメールでお知らせください。」

  幸福販売?
  なんだかよく分からないけど、「幸福」を売ってくれるらしいわね。
でも、「幸福」って売れるのかしら?売れるわけがないと思うんだけど。
その部分以外はごく普通のダイレクトメールって所ね。
ただ、一つだけ気になるのは「近いうちにわたしの元に幸福が届く」
っていう部分ね。本当に幸福が届いたら凄いと思ったけど、
いくらなんでもそんな荒唐無稽なこと信じられないわよね。
何だか気持ち悪くなって、わたしはそのメールをすぐ削除したわ。

  次の日……。この日はゴミの日だったから、
わたしはゴミ袋をいくつも抱えて家を出たわ。
この時は、もしも幸福が訪れるんだったらこのゴミ袋を
何とかして欲しいなんて虫のいい事を考えてたわね。
こんな事考えるなんて、きっと心のどこかにあのメールの事が
引っ掛かってたのよね。もちろん、この時はまだあのメールの事なんて
信じてたわけじゃないけれど。

  で、ゴミを出し終えて帰る途中、道に何か落ちているのを見つけたの。
よく見てみると100円玉だったわ。
  ひょっとして、これが「幸福」……?
まあ、確かに何もしなくても100円が手に入ったんだから、
幸福って言えば、幸福なんだろうけど……。
  この時は、まだあのメールの事は半信半疑だったわね。
この後、わたしがあのメールに踊らされる事になるなんて、
この時は想像もしていなかったわ。

  わたしは、家に着いた後すぐにメールボックスを開いてみたわ。
案の定、あのメールがまた届いていたわ。
今度はこんな風に書いてあったわ。
「今回のお試しキャンペーンはお気に入りましたでしょうか?
  お気に召しましたようなら、以下に紹介する商品を是非
  お試しください。

  今回の幸福:定価10円(税込み)

  購入していただけるのなら以下の銀行口座に料金を振り込んでください。

  南浜銀行 口座番号×××××」

  10円で買える幸福って何だろう、と不思議に思った私は、
早速その日のうちに銀行にお金を振り込みに行ったわ。
10円ならもし騙されたとしても惜しくないし。

  次の日……。わたしはワクワクしながらパソコンの電源を入れたわ。
そして、早速メールボックスを調べてみると……。
「お客様の振り込みを確認しました。近日中に商品が届く
  手はずとなっております。」
  本当にメールが届いた!?

  そのメールを見た直後、玄関のインターホンが鳴ったわ。
こんな朝早くから誰なんだろう、と不思議に思いつつもわたしは
玄関の扉を開けたわ。

「ちわー。宅急便でーす。ハンコお願いしまーす。」
  え?今回の幸福って何かの物なのかしら?
わたしは早速届いた箱を開けてみる事にしたわ。
箱の中には……。
箱の大きさには不釣り合いなほど小さいキーホルダーが一つ
入ってただけだったわ。
  そのキーホルダーは、まあ、10円にしてはよく出来てるな、
とは思ったけど、この時はこのキーホルダーのなにが「幸福」
なのか全然分からなかったわ。
  ちょうどキーホルダーが欲しいな、と思ってた所だったから、
早速そのキーホルダーを鍵につけてみる事にしたわ。

  そのキーホルダーをつけ始めてから数日が過ぎたわ。
でも、特に目に見えて幸福になったってことは……。
ひょっとして、騙されたのかも、と思ったわたしは少しイライラしたわ。

  あのメールを最後に「幸福販売」のメールはぱったりと
来なくなってしまったわ。
せっかくだからっていうんであのキーホルダーは使い続けてたんだけど。
長い間使ってた間に結構愛着が湧いちゃったのよね。それなりに可愛いし。
それに、なんだかこのキーホルダーを見てると心が和んだのよね。
やっぱり可愛いからだったのかしら?
  どんなに嫌な事があった日でも、このキーホルダーを見ると
少しだけ救われたような気分になれたわ。

  そんな日々を送っていたわたしは、ある日気がついたの。
あのメールは「幸福販売」と名乗ってたわ。
この心和むような間隔、そして「救われたような気分」って、
ひょっとしてこれが10円分の幸福なんじゃないかって。
前は100円を拾って幸福だって思ってたけど、
そうよ!幸福って目に見えるものじゃないんだわ!

  わたしがその事に気付いた頃、あのメールが久しぶりに
わたしの元に届いたの。
今度のメールにはこう書いてあったわ。
「前回の商品はお気に召しましたでしょうか?
  今回の商品はこちらとなっております。

  幸福:定価10万円(税込み)

  お支払方法は前回と同じです。」
  じゅ、10万円!?
とてもじゃないけどわたしにはそんな大金支払えるわけがない、
とその時は思ったわよ。
でも、10円であれだけの幸福が得られたんだから10万円
も注ぎ込んだらあれの10000倍の幸福が得られるんじゃないか
って思い直したわ。

  ちょっと高い買物だとは思ったけど、早速わたしは
銀行口座に振り込みに行ったわ。
今度はどんな幸福がわたしの元にやってくるのかしら?
それを思うと、そのときからもう胸がドキドキしたわ。

  やっぱり次の日、あのメールが来ていたわ。
「お客様の振り込みを確認しました。
  近日中に幸福があなたの家に訪れる事になるでしょう。」

  でも、待てど暮らせど宅配便が来る気配もなければ
お金を拾うとかそういう運のいい事が起こるわけでもなかったわ。
今度こそ騙されたか、とわたしが思い始めていた頃。

  夫が、今は一人暮らしをしている私達の一人息子の話題を話したの。
これまでは、あの子は私達がいないと思って定職にも就かないで
散々ギャンブルだの何だのをして遊び歩いているらしく、
いつもお金に困っていて、わたし達の所にしょっちゅうお金を
催促しに来ていたの。
夫は、最近息子がお金の催促に来ない、とわたしに話したわ。
そう言われてみれば……あのメールが来てからぱったりと催促が
来なくなったのに気がついたの。
  さすがに少し心配になったわたし達は息子の家に電話をかけてみたの。
「……ああ、母さんか。久しぶりだね。」
  とりあえず、息子の元気そうな声が聞けただけで、少し安心できたわ。
「あなた、お金には困ってないの?」
「ああ、今、俺、働いてるんだ。だから、そんなに金には困ってないよ。」
  !?
  あの子が真面目に働いてる!?
  これまで何度言い聞かせても真面目に働こうとしなかったあの子が!
「あなた、なんで働こうって思ったの!?」
「別になにって理由もないんだけど……ギャンブルにも飽きちゃったし、
  いつまでも母さん達に迷惑かけてるわけにはいかないだろ?」
  わたしは、大げさではなく、奇跡が起こったと思ったわ。
あの子がこんなことを言うなんて!!
  もちろん、この話を聞いた夫も物凄く驚いたわ。
最も、この時、夫が驚きの余り階段から足を滑らせて足を骨折しちゃったのは
不幸としか言い様がないと思ったけど。

  わたしは、今回の幸福っていうのは息子の事に違いない、
と確信したわ。だって、こんな奇跡のような幸福が突然やってくるなんて、
あのメールの力以外に考えられないじゃない。

  わたしにはパソコンが立ち上がる時間ももどかしいと思えたわ。
そして、早速メールチェック。
「前回の商品はお気に召しましたでしょうか?
  今回の商品はこちらとなっております。

  幸福:定価500万円(税込み)

  お支払方法は前回と同じです。」
  回数を重ねるごとに値段が上がってきているのがわたしには分かったわ。
それに比例して得られる幸福も大きくなっていくんだ、と思っていた
わたしは、既に500万円という大金もぽーんと出す気になっていたわ。

  例によって、銀行にお金を振り込んで、と。
今回はさすがに大金だから、わたしも夫の目を盗むのに苦労したわ。
まあ、夫は今病院で寝てるんだから、「苦労した」と言えるほどではなかった
かもしれないんだけどね。

  振り込み確認のメールが届いた後、わたしは宝くじを買ってみたわ。
ここの所、この「幸福販売」にだいぶお金を注ぎ込んじゃってたでしょ?
だから、少しでもお金を回収できたらいいなって思ってたのよ。
 

  あれから数ヶ月後……。
  今でも信じられないわ。あの宝くじは一等に当たっていたのよ。
間違いなくこれが今回の幸福だったのよね。
  思わぬ大金が転がり込んできたからって浪費するほどわたし達
は馬鹿じゃなかったわ。
その後、そのお金を元手に投資を始めて……これがまた大成功!
わたし達は気がついたら「億万長者」と呼ばれる身分の人間になっていたわ。

  そうして、幸福の絶頂にあったある日の事……。
その日、私達家族は家で夫の誕生日祝いのパーティをしていたの。
そうしたら、突然物凄い轟音があたりに鳴り響いて……。
視界が白くなって、次の瞬間には永遠の黒に閉ざされたわ。
飛行機が墜落したらしいんだけど、わたしにはそれを確かめる事は
永久にできなかったわ。

  最後に届いたメールにはこう書かれてあったそうよ。
「あなたは『禍福はあざなえる縄のごとし』という言葉を知っていますか?」

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