第3回「21世紀に残したいゲーム……『ルナティックドーンU』」
 
 
  注:このコラムで「RPG」と書いた場合、それは例外無く「コンピュータRPG」の方を指します。
(コンピュータRPGっていうのは、ゲーム機器やらパソコンやらでできる、我々がよく目にするRPGのことです。
  これとは別の「テーブルトークRPG」という物が存在しますが、
  それに関しては一切触れるつもりはありません

  予定を変更して、私のゲーム思い出話を一つさせてもらいます。
かたっくるしい話題より、こっちの方が読んでて楽しいと思いますからね。
……しかし、こういうのを書くと、私が単なるゲーム馬鹿だ、とばれてしまいますね。
まあ、事実なので仕方がないですが。
  ゲームしか取り柄のない男の、ゲーム話は、決して皆さんの損にはならないと思います。

  私が、「ク〇ゲー収集」などという趣味を始めたきっかけの動機の一つに、
「私はみんなのやってるゲームをやって満足しているような平凡なゲーマーになりたくない!!」
という自分の平凡さを省みない無茶な願いがあったんです。
  まあ、単なるひねくれ者だったとも言えるでしょうけど。

  で、私がそうやってプレイしてきた幾百のゲームの中で、本当に面白かった物……
それは、本当にほんの一握りです。まあ、当然といえば当然でしょうが。
  その、ほんの一握りの「本当に面白かったゲーム」の紹介を通して
つらつらと感じたことを語っていきたいと思っています。

  私が心震わせるほど感激したゲーム……その一つが「ルナティックドーンU」でした。
このゲームの紹介はここでしているのですが、もういちどここで簡単に紹介しておきます。
  このゲームはパソコンのRPGです。
  普通、RPGというと主人公は勇者だったり(最近、こっちは滅多に見られなくなりましたね)、
特別な宿命、あるいは過去を背負った人間だったりしますね。
こういったものは(勇者であるとか、特別な宿命を持ってるとか、過去にわけありだとか)、
すでにゲーム製作会社の方ではっきりと決められていて、これを覆すことはできません。
  また、RPGは、基本的にある決められた筋書きにしたがって文字通りストーリーが進んでいきます。
そのストーリーを覆すことも、基本的に不可能です。
そこには、プレーヤーの意志、と言うものは殆ど存在せず、プレイヤーはただ主人公の人生を
客観者として追体験するだけに過ぎず、結果、そこに想像の入り込む余地が非常に少なくなります。
(もちろん、そんな事にもめげずに想像を広げることのできる人もいますが)

  そんなRPG達が主流を占める中、私の目の前に彗星のごとく現れたRPG、それが
「ルナティックドーンU」でした。
  ゲーム紹介のコーナーでも既に述べていますが、このゲームには一切のストーリーがありません。
つまり、主人公は全くの0の状態から誕生するわけです。
主人公は完全に只の人です。が、想像次第では私のHPの小説のように特別な過去を持った人間に
仕立てることもできます(主人公のステータスには一切影響しませんけど)。
そして、主人公の行動は全てプレイヤー本人が決めなければなりません。
なぜなら、そこには全く筋書きが存在しないからです。

  そこには完全なる自由が存在しました。プレイヤーを縛り付けるものは、何一つ存在しません。
たとえ、それが法に反するような行為でも(ただし、法に反した以上はそれなりの罰が待っていますけど)。
  これに出会った頃、私は既につたないながらも小説を書いていました。
そんな私だったからこそ、自由に自分の物語を紡ぐことができるこのゲームに
心惹かれたのかもしれません。
  まさに、このゲームはRPGの一つの理想を示したゲームだ、と私には思えてなりません。

  21世紀、RPGがどのように進化していくのか、私には想像もつきませんが、
この「ルナティックドーンU」はRPGの歴史に輝かしい足跡を残すことでしょう。

  蛇足。
  こういった性質上、想像して楽しむことができない人にとっては「ルナティックドーンU」は
さほど面白いゲームとは言えないかもしれません。

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