秘密



 

 

 ぬけるような青空と、白い雲。

ぽかぽかの陽気に、心地よいそよ風。

 こんな天気の良い日は、仕事なんてしたくない。

その気持ちはおおいに理解出来る。………が。

 それを実行したのが、一国の───しかも軍師さまとなると、やっぱりちょっと問題だろう。

 

 

 「……はぁ。何処いったさ、スースぅ……」

 ぽてぽてとあてもなく歩きながら、天化はため息を漏らす。

 太公望が城から忽然と消えたのが、三時間前。

天化が『太公望殿を見つけるまで帰ってくるな』と、実父から城をおん出されて、はや二時間。

 くだんの軍師さまの消息は、まっったく掴めない。

いったい何処へ消えたのか。とりあえず隠れてそうな杜や行きそうな川などを虱潰しに当たっては

いるが、その行方はようとして知れなかった。

 「スープーが一緒じゃないから、そんな遠くにいけるわけないはずさねぇ………と。おっ、桃発見っ」

 山道の側にしなやかに伸びていた枝から、ちょうど熟れ頃の山桃を見つけ、無造作にもぎ取る。

 かぷりとかじりつくと、ほどよい酸味の効いた甘さが天化の渇いた喉をしっとりと潤して通っていった。

 「ん〜と、あと探してないとこは──」

きょろきょろと辺りを見回して、左の小道に足を進める。

 その途端、

ぎゅむっ

 という、非常に柔らかな感触を足裏に感じた。

 「……………」

 なんとなく嫌な予感を感じて、怖々視線を落とす。天化のブーツの下、靴底と草の間には───

 「スースッ!」

 捜し物が──頬にブーツの靴跡をしっかり刻み付けて──じつに気持ちよさげに眠っていた。

 「あちぁ〜…スースッ…」

 「ん──…」

 よりによって顔を踏まれたというのに、太公望が目覚める気配は一向に無い。

 ほっとしたものの自分の当初の目的を思い出し、天化は太公望の襟を掴んでぐいぐいと揺さぶった。

 「スースっ、起きるさっ!」

 「く─…………」

 「スぅースぅ〜〜〜〜〜っ」

 「………………」

 「起きろってばぁ───っ!」

 道徳+武成王ゆずりの馬鹿力で『必殺脳髄シェイキング』をかます…が、まったく効果はなくて。

 それなら殴ってでも起こせばいいのだが、さすがに惚れてる──でもって、お約束のように

片思い中の──相手にそこまでする度胸は天化にはない。

 「…………はぁ」

 なさけなくも天化が起こすことを断念したその矢先。

小さな体がむくりと自力で起き上がった。

 「うわっ…スース?」

 驚く天化にかまうわけでもなく、ぼ〜っとした顔であらぬ方向を見上げている。

 寝ぼけているのか、と怪訝にうかがっていると太公望はとろ〜んとした目のまま、クルリと向き直った。

 「……も〜も〜〜〜っ!」

うちゅっ。

 

 

 

 「うにゃ…?」

 ぱちくりと瞬き一つして、太公望は目覚めた。

 「…う〜……ここは………」

 寝ぼけた目を擦り擦り、回りを見渡す。

確か──城を抜け出して、森で昼寝をしていた…んだっけか。

 そんなことを回想しながら起き上がって──、太公望はこれ以上ないほど目を見開いた。

 「…………………………天化?」

 …なんと、隣には鼻血の海で溺れかけている天化がいた。

 

 

 その後しばらくの間、天化は『太公望の寝顔に鼻血を噴いて倒れた』という、事実とも嘘ともいえない噂に

悩まされたという。

 



■あとがき■
夏コミ終了リハビリ第1弾なんですが…不調っす。
なんかはじめはもっと少女マンガちっくになるはずだったんですけど…。
おっかしいな〜どこで間違えたんだろ。


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