Apres un reve
ひやり、と捲れた毛布の隙間から忍び込んできた冷たい空気が、
微睡んでいた意識を揺さぶる。夢うつつで瞼をくっつけたまま少しだけ
身を起こすと、たしかな熱を持った小さな塊がとんと俺の胸に飛び
込んできた。
「……ルキーノ?」
寝ぼけた声で名を呼べば、ぐすぐすと鼻をすする音が応える。
にいさん、という舌っ足らずな囁きに、このまま眠ってしまいたいという
本能をなんとか堪えて、むりやり目をこじ開ければ。涙と鼻水で
すごいことになった弟の顔が見えた。
「どうした?」
掠れた声で訊ねてみても、ぐりぐりと小さな頭を擦りつけてむずがる
ばかりで。しばらくのあいだ泣きじゃくるルキーノの背を撫でてやると、
ようやくぽつぽつと言葉を紡ぎ始めた。
「……こわいゆめ、みた」
にいさんが、おれをおいていくゆめ。ないてもさけんでも、にいさんは
おれをみてくれないんだ。ひどいよ。おれには、にいさんしかいないのに。
いまだ覚醒し切らぬ俺の頭に子供特有の高い泣き声が突き刺さる。
寝ぼけて悪夢と現実の区別がつかなくなっているのだろうか、たどたどしい
口調で詰りながらルキーノがぎゅっと俺の首にかじりつく。
縋りつく腕は存外力強く、息苦しいほど。ぷくぷくとしていた手足は
しなやかに伸び、もう幼児とはいえない。まだまだ俺の胸に収まるくらい
小さいけれど、初めてうちに来た頃に比べたら随分と大きくなった。
当たり前だ。もう十歳になるのだから。
家の中では相変わらず甘ったれてるくせに、学校では一丁前に
喧嘩するようにもなった。日曜の教会でも女の子たちに囲まれ、毎週の
ように午後のお茶会に呼ばれているのも知ってる。ほとんど顔を合わす
こともないのに、そういうところだけは嫌になるくらい親父そっくりで
困ったもんだ。このままいけば将来は間違いなく女たらしになっちまう。
この子には真っ当な人生を歩んでほしいのに、愛らしすぎる容姿と
性格が俺の希望とは真逆の方向にルキーノを押し流してゆく。俺の
手が届かないところまで。
「ほら、もう泣くなよ」
とんとん、とルキーノの華奢な背中をたたいてあやす。
抱きしめられていることで安堵したらしく、ぐずる声は少しずつ
小さくなってゆく。これならそう時間をかけずに寝入ってしまうだろう。
やれやれと思う一方で、かすかな痛みが俺の胸を疼かせる。
こうしてルキーノがベッドに潜り込んでくるのも今だけだ。あと数年も
すれば俺よりも大きくなって、夜中に兄の寝床に逃げ込むことなど
なくなる。こんなふうに甘えてくるのも、あと僅か。それがたまらなく
寂しい。
このまま、時間が止まってしまえばいいのに。俺よりも体温の
高い子供を抱きしめたまま、残酷なことを願う。
大人になんかならなくていい。喧嘩で勝てなくてもかまわない。
女の子にもてなくていいから、どうかいつまでも小さな弟のままで。
そんなこと出来るはずもないと解っていながら、けれど俺は望まずには
いられない。この箱庭のような世界が永遠に続くことを。
「にいさん、あのね」
すん、と鼻を鳴らしながら弟の細く小さな指が俺の指に絡む。吐息が
重なるほど近くまで顔を寄せ、うるうると瞳を潤ませた子供は、すでに
口癖となっている言葉をそっと囁いた。
――ずっといっしょにいてね。
泣きはらした顔をふにゃりと歪ませてルキーノが笑う。曇りのない
無邪気なそれに、俺はただ頷くしかなかった。
胸に蟠る苦いものを押し隠し、偽善者の微笑みをはりつけて。
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