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◆ 日本ビジネスプレス紙の記事 投稿者:suguru  引用する 
"時代を動かした「青い目のウルフ」…ウクライナ出身の安青錦が初優勝、影響は角界だけでなく国際社会や文化面にも"

2025.11.24(月)


 千秋楽の福岡国際センターは、まるで歴史の転換点を目撃する舞台のようだった。本割で大関琴桜を突き破り、優勝決定戦で横綱豊昇龍の懐へ臆せず飛び込んだ21歳の関脇安青錦(あおにしき、安治川部屋=本名ダニーロ・ヤブグシシン)。12勝3敗での初優勝、大関昇進も確実――。

 だが、その事実以上に、土俵上に現れたのは“若き才能”ではなく、ウクライナという国、戦争を経験した世代、そして日本の伝統文化が交錯する象徴そのものだった。


≪ 長いリーチと筋力に頼らない「日本型の相撲」を追求 ≫

 初土俵からわずか14場所――。尊富士に次ぐ史上2位のスピード優勝となった。年6場所制下では、あの白鵬に迫る「年少V」。記録の羅列だけでは、この衝撃の深度は到底測れない。その背景には「能力の早熟」という言葉では片づけられない軌跡がある。

 安青錦ことダニーロ・ヤブグシシンはウクライナ中部ビンニツァで育った。格闘技が生活と密接した土地で、レスリングで鍛えた体幹に加え、7歳のころから相撲にも親しんだ。

 日本の取組映像を食い入るように見つめ、特に貴乃花と朝青龍が全身でぶつかり合った2002年九月場所の一番は、少年の胸に「いつか日本の土俵に立ちたい」という強烈な衝動を刻んだ。

 その後も相撲とレスリングを両立しながら、多くの指導者に「驚異的な足腰の強さがある」と評されてきた。レスリング仕込みの低い姿勢から一気に圧をかける攻撃は、相撲にもそのまま応用できる「唯一無二の武器」となっていた。

 実際、今場所の数多くの白星も、この「低い立ち合い」から始まっている。相手の懐に素早く潜り込み、腰の位置を決して高くしないまま相手を前へ押し切る――。その戦い方は外国出身力士としては極めて珍しい。

 長いリーチと筋力に頼らず、むしろ“日本型の相撲”を徹底して学び取った姿勢は、周囲の評価を大きく変えていった。

 だが、ヤブグシシンの人生を最も決定的に変えたのは2022年2月、ロシアによるウクライナ侵攻だった。爆撃の音が響き、街を覆った緊張は未来の設計図を一瞬で書き換えた。家族は身の安全のためドイツへ避難。その中でヤブグシシンは迷わず、「日本に行く」と決断した。


≪ トランクひとつで来日、関西大相撲部員宅にホームステイ ≫

 大学卒業後に挑戦するつもりだった目標を戦争が強制的に前倒しした形だが、ヤブグシシンはそれを“夢をつかむ契機”へと反転させた。家族との相談も「意見を聞く」のではなく、「決断を伝える」に近かったという。

 人生の舵を自らの意思で切るという、その強さが後年のスピード出世の根源となる。

 2022年4月、わずかな荷物だけを持ち単身で来日。2019年に世界ジュニア選手権で初来日した時から親交を深めていた、関西大学相撲部員の山中新大氏の家に身を寄せ、同大学の相撲部で汗を流し、言葉も分からぬままに稽古だけに没頭した。

 この時期、ヤブグシシンのレスリング由来の低い姿勢と足腰の粘りは、指導者たちに驚きをもって受け止められた。普通ならば外国出身力士は体格やリーチへの依存が強いが、ヤブグシシンはその逆だった。

 誰よりも腰が落ち、胸を張り、立ち合いで必ず先に前へ出る。「これはいずれ大成する」と感じさせる要素が来日直後から、すでに整っていたのである。

 その努力が認められ、安治川部屋の門が開き、2023年秋場所で初土俵。以降、ヤブグシシンもとい、安青錦は休む間もなく階段を駆け上がった。

 今場所も千秋楽での琴桜戦、豊昇龍戦を含む多くの取組で、低い立ち合いからの“前圧力”が決め手となった。“押し相撲の正統進化型”とも評せる動きに角界有識者や評論家、多くの好角家たちから「これが本当に外国出身力士なのか」と驚きの声が漏れたほどだ。


≪「千代の富士の出世を思い出す」≫

 安治川親方(元安美錦)は安青錦の吸収力の早さに「教えた瞬間に翌日には習得する。まさに天才」と思わず舌を巻く。兄弟子たちも「稽古終わりに最後まで残っているのは、いつも安青錦」と証言する。技術と語学と文化の吸収――すべてが異様な速度で同時進行していた。

 日本語習得の速度も特筆すべき点だ。来日から2年で通訳も不要となり、複雑な表現も自在に使いこなす。「相撲を理解するには日本語が必要」という信念が、技術向上と語学習得の双方を押し上げていった。

 千秋楽のNHK解説席で、元大関の琴風豪規氏は思わずこう漏らした。
「千代の富士の出世を思い出す」

 これは単なる賛辞ではない。「昭和の大横綱」千代の富士が平幕から頂点へ駆け上がっていったとき、角界は“重力が変わったような速度”を経験した。その既視感を、安青錦の動きに見てしまったのだ。

 安青錦の出世曲線は、千代の富士級の異常な角度を描いている。「令和のウルフ」「青い目のウルフ」という呼称が軽く聞こえないのは今場所の内容が、かつて「昭和の大横綱」も歩んだ出世街道に値したからである。


≪ ウクライナの人々にとって、とてつもなく大きな意味を持つ安青錦の優勝 ≫

 ウクライナ国内で安青錦の賜杯は国中で報じられ「戦火の国に差し込んだ光」と評された。

 ビンニツァの相撲チームで指導したワジャ・ダイアウリ氏はこの日、日本メディアのオンライン取材に応じ、幼い頃からの姿勢の低さ、腰の粘り、そして日本で磨いた突っ張りの技術が、優勝を決定的にしたと感じていると明かしている。

 かつての仲間たちも寡黙で誰よりも集中力が高く、勝敗に対する執着が強かったヤブグシシンの原点が「今、日本の土俵で開花した」と語っている。

 戦争で疲弊した国において、こうした快挙は単なるスポーツの話題では済まされない。政治と軍事の暗い影に覆われた国民の心に、久しぶりに“前へ進むエネルギー”を与えたからだ。

 ウクライナの専門家は、安青錦の活躍を「文化の持久力の証明」とする。

 文化の灯が消えず、国が戦争によって断絶していないことの象徴だ。安青錦の快挙は国家がまだ折れていないことを、世界に向けて示す役割を果たしている。


≪ 安青錦の活躍で「土俵」が重層的な意味を持つ空間に ≫

 大相撲は日本文化の象徴であり、国際的な文化交流の“装置”でもある。その中心に戦争によって人生の軌道を変えざるを得なかった外国人青年が立ち、そこで勝ち続けているという構図は国際社会にとっても意味が大きい。

 安青錦の優勝はウクライナのソフトパワーの発信点であり、日本にとっては伝統文化の包容力の証明となったからだ。世界の視点では戦争や移民という由々しき問題に、文化やスポーツの明るい話題が何らかの形で解決の糸口を見出せるヒントにつながったかもしれない。土俵という円形の空間が、ここまで重層的な意味を帯びたのは久しくないだろう。

 優勝後、花道で付け人と抱き合い静かに涙を流した安青錦。付け人の号泣する姿を見て自らも“もらい泣き”した涙は努力の結晶であると同時に戦争が奪ったもの、日本が与えたもの、そのすべてを抱え込んだ21歳の魂の震えだった。大関昇進は既定路線となり、横綱もおそらく射程に入る。

 しかし本当の物語は、この先にこそ重みがある。“青い目のウルフ”は角界の未来だけでなく戦火に揺れる国家の心、文化の継承、国際社会の文脈にまで影響を及ぼしながら、令和の土俵を駆け上がっていく。

2025/11/25(Tue) 06:02:34 [ No.10338 ]

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