約束の歌姫
序 〜伝説の歌姫〜
その時、彼女は確かに言った。
「またきっと会いに来るわ。その時は…その時こそは、あなたの為だけに歌ってあげる。必ずよ、約束するわ」
その時の彼女の笑顔を、何故か今でもはっきりと思い出す。
見慣れたはずのその笑顔が、何故今までよりも美しく感じたのだろう。それが最後の別れだったからだろうか?
それとも── 他に何か理由があったのか。
── あれから、一体どれ程の年月が流れていっただろう。
約束は果たされないまま…彼女はまだ、やって来ない。+ + +
五年に一度、その祭りは行なわれる。
イルーハ=トバ── 平和と豊穣の象徴である、地母神の大祭。
これにはいくつかの習わしがあり、その内の一つに聖歌の奉納がある。
それは大祭最大の見せ場である、同時に世界中の『歌姫』と呼ばれる者達の憧れであった。
この一日にも満たぬ役目の為、世界中からこれぞという歌姫達が集められ、幾度かの審査の後、その中のたった一人がその栄誉に浴する。
つまり大祭の歌姫に選ばれた者は、その時においてもっとも美しい声を持つ者であるということ。
今までの長い歴史には、無名の歌姫が選ばれ、その後王宮入りを果たして栄華を極めたという話も少なくない。
…彼女は、そんな選ばれた歌姫の一人だった。過去を遡れば何百人といる、そうした歌姫達に名を連ねる栄誉を受けた幸運な娘。
否── その一人に過ぎないはずだった、と表わすべきか。
『だった』、つまりそうならなかったという事だ。
大祭の数だけ存在する、数多の歌姫の中で。
彼女は、あまりに異質だったのだ。
彼女が大祭の歌姫として聖歌を捧げたのは、ただ一度。
その歌声は天地に響き、その場にいたありとあらゆる存在を魅了した。その清らかな美しい姿は、人々をして『女神の御使い』とも呼ばしめた。
その様は、正に『奇跡』と呼ぶに相応しかった。
── けれど。
その後、彼女が再びその稀なる姿を人々の前に見せる事は二度となかった。
そして彼女はいつしか伝説となり── その行方は依然として不明のまま、三十五年の月日が流れた……。→Next