約束の

終 〜何時か還る場所〜

「私達は還れない。何処にも安住の地がない故に……」
 哀愁を帯びた歌声に耳を傾けつつ、ふと疑問に思って問いかける。
「…どうして? どうして、どこにもかえれないの?」
 母親はふと歌うのをやめて、愛しい娘の素朴な疑問に答えてくれる。
「…それはね、わたし達の遠い御先祖様が、許されない裏切りを働いてしまったからだそうなの」
「うら、ぎり?」
「そう。フルールのお祖母様のそのまたお祖母様の、…ずっと昔に生きていた人。その人がね、おうちよりも、大切なものを見つけてしまって…そのせいでおうちを失ってしまったの。だからそれ以来、私達は還る所を失ってしまったのよ」
 けれど、焦がれずにはいられない。
 だから、信じずにはいられない。
 いつの日か全ての罪が雪がれ、安楽の地が再び得られる事を……。

+ + +

「本当に行っちゃうの?」
「うん。ありがとう、ストシア」
 拗ねるような口調で確認してくるストシアに、フルールは淋しげな笑顔で頷く。
 もうこれで何度目だろうか、この遣り取りは。
 そうは思いつつ、イオもまた、フルールが去ってしまう事を心底残念に思っているのだった。
 イルーハ=トバが明けて翌日。
 朝日はもうとうに昇って、辺りはすっかり明るくなっている。都の外へ続く街道には、彼等の他にも自分達の家に戻る旅人達が大勢いた。
 祭りは終わり、再び日常が戻ってきたのだ。
 それにしても、とイオは思う。あれ程に熱狂した歌姫が目の前にいるというのに、どうして彼等はフルールの事に気付かないのだろう、と。
 もちろん、気付かれたらとんでもない騒ぎになっていただろうが、最初に出会った時のようなフードを被っていない今のフルールに、誰もが無関心である事が不思議でならなかった。
「ねえ、イオ。イオも引き留めてよ」
 もはや半泣きの顔になって、ストシアが援軍を請うてくる。
「…ストシア。困らせるなよ。フルールにだって、帰る所があるんだからさ」
「だって、だって……」
「ストシア。泣かないで。…本当にありがとう。イオとストシアがいなかったら、どうなっていたかわからないもの。だから、わたし、またここに来るから。お祖母様がそうだったように、わたしも今度はストシアとイオの為だけに歌いに来る。…来ても、いい?」
 その答えは決まっていた。
 二人は一も二もなく力一杯に頷き、ストシアなどは感極まったのかフルールに抱きついてしまった。
「絶対! 絶対に約束なんだから!! …会いに来て。待ってるから。ここでずっと、待ってるから!」
「うん。うん…ありがとう」
 つられたように、フルールの目にも潤んだ光が宿る。でも、その顔は今までにない、幸福に満ちたものだった。
「…きっと、わたしの還る場所はここだから……」
 その零れ落ちた言葉は、結局ストシアの耳にも、イオの耳にも届かなかった。
 その時には、ストシアが大泣きしていて、それどころではなくなっていたからだ。

+ + +

 振り返りながらも、遠ざかって行く後ろ姿を何時までも見送りながら、ストシアとイオは確かな予感を感じていた。
 フルールはきっと約束を守る。彼等に会う為に、彼等に歌を聞かせてくれる為に、またここにやってきてくれると。
 だから、淋しく思う事はないのだ。
 完全に視界からフルールの姿が消えてしまうと、ストシアは気が抜けたようなため息をついて、そしてにっこりと笑った。
「あたし、今回の大祭の事、きっと一生忘れないわ」
 それはイオも同意見だった。きっと忘れる事など出来ないに違いない。

+ + +

 街へ戻る途中、イオはふと背後を振り返った。
 それは、予感めいたものだったのかもしれない。そして、その向こうにあの闇にも似た姿を認めた時、それは確信に変わった。
「…あれに、情を移すべきではないよ。あれは魔物なのだから……」
 風に運ばれてか、女の声が届いてくる。
 イオは反論する代わりに、燃える瞳で睨んでやった。
 おそらく、あれはきっと死神か何かなのだ。フルールの命を狙う……。
「…かの王と、同じ過ちを犯すというのか? 愚かな事を」
 くすくすと、初めて笑い声を漏らして、女は掻き消えるようにその姿を消してしまった。
 そして、また声だけがイオの耳を掠めていく。
「その内、嫌でもあれを憎む事になるよ……」
「なるもんか……!」
「イオ? 何か言った?」
 反射的に呻いたイオに、ストシアが不思議そうに顔を向ける。やはり彼女にはあの女の声は届いていないのだ。
 それがわかっていながら、もう一度、イオは呟いた。
「憎んだり、するもんか……!」
 まるで、自分に言い聞かせるように。そしてイオは空を仰いだ。抜けるような青空に、それを映した瞳を持つ少女の面影を重ねる。
「…そんな事には、させないから……」

 こうして『約束』は受け継がれ、物語は続いて行く。
 ── 誰も知らない所で。

〜終〜

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After Writing

これを最初に書いたのは、99年の秋の事です(完結した形の物、という意味・爆)
……うわあ、まだ20世紀の頃だよ(T▽T)
時間的にはそんなに経っていないようですが、実際にはその4年程で私の小説の書き方は大なり小なり変わって行きました。
作風が変わるって事はないんですが(というか、元々書きたいものを結構好き勝手書いてるのでどんなのが作風かと言われるとわかんないのですが)
そんな訳で、2003年現在、加筆修正をかけました。
かけるかかけないか、少し悩んだのですが、最初の方を読み直したら簡単に決心が着きました。
…いや、なんかこの後に第2部(?)の話を読むと、書き方の違いが目につくかも、と思ったからなんですけど(汗)
日本語が変な所も当然いっぱいあったんですけどね!(T▽T)

そういや、私の話を読んでくれた方が感想を下さる時によく出す表現って「ほのぼの」なんです。
別に狙ってはいないんですけど、『約束の歌姫』だけならそんな感じを目指していたので(児童文学みたいなの書きたかったんです、本当は・笑)路線は間違ってなかったって感じでしょうか。
次のエレン篇ではあまりほのぼのってのはない気もするんですけど(汗)
まあ、99年の時から設定もいくらか変わっちゃったしなあ…エレンの旦那とか特に(笑)

という事で、続きます(爆)
4年もお待たせしてますが、もう最初の方は書けているので!
次のタイトルは『天と地の交わる場所』で、本篇にも出てきた『伝説の歌姫』・エレン篇です
今回出てきた伏線のいくつかはそこで解明される予定なので、興味のある方はご覧下さいね♪