正しい手紙の書き方

「…不肖の娘、よ、りっと……。よし、完璧だわっ!」

 栞は自ら認めた手紙を頭からざっと目を通し、満足そうに頷いた。
 何処から見ても完璧な「置手紙」である。
 涙ながらの訴えに哀愁と苦悩を漂わせつつ、かつ上品に。
 押し付けがましくなってはいけない。あくまでも『悩みに悩んで』家出を決意したように見せなければ。けれど、家出の原因が自分にない事はきっちりと強調して。

「ったく、冗談じゃないってのよ。何で顔もまったく知らない、好きになるかもわからない相手と結婚なんてしなきゃならないのよ!」

 誰に言うともなしに呟いて。
 何しろ、栞の身の回りには『恋愛感情』なしに結ばれた人達なんていなかったのだ。
 自分達の両親だって、本人達から直接聞いた訳ではないけれど、それなりに紆余曲折を経て今に至ったと言うし、栞の守り役である無口・無愛想を地で行く牙珠ですらも、ある意味大恋愛の末に結婚したのだ。
 そんな中で育った栞には、『結婚』にはまずその相手に『恋』をする事が必要条件にして、大前提だった。これだけは、どうしたって譲れない。
 それに、まだ十五歳なのだ。
 確かに、六家は基本的に早婚傾向が強いけれど、将来に幸福な結婚だけを夢見るほど子供ではないし、かと言って自分の中に《地域》守護役・下条家の娘としてだけでない価値を見出したいと思うくらいには若いのだ。
 ── だから、決めた。

「ごめんね、巡♪」

 おそらく自分が姿を消す事で一番の被害を被るに違いない、双子の弟に謝ってみる。
 面と向かって言う訳にもいかないから、彼の私室の方を向いて手を合わせた。
 …もっとも、言葉ほど悪いとも思っていなかったが。

「さてと、行きますか!」

 そして手紙を机の上に置くと、栞は荷物を抱え、足取りも軽く扉の向こうに姿を消す。
 こうして置き去りにされた手紙が、下条家とその次期である巡に大騒動を引き起こす事になるのは、それから数刻後の事である──。

~終~


After Writing

これは元DL版用おまけSSとして1時間程度でさくっと書き下ろした、『神の悪戯』の裏舞台篇です(笑)
その為極道的に短い話となっておりますが、栞の「らしさ」が結構出てる話になってる気が……
何気に第二話の冒頭に繋がってもいます
栞は有言実行・不言実行、つまりは思ったら何としてもやり遂げるバイタリティの持ち主なので、書いていて結構楽しいキャラだったりします
この調子で第二話でも頑張って動いてくれると良いのですが(おい)