Opening : Under the Moon

 青年は放心したように、微動だにせず窓から見える、切り取られた空を見上げていた。
 まだ少年の気配が色濃く残る、そんな彼の視線の先にあるのは── 月。
 夜の世界を支配する、そしてこの世界で最も遠く、最も清浄であるとされているもの。もはや、彼にその加護はない。
 吸い込まれるような美しいそれを見つめる事が唯一彼に赦された事のように、青年はその面を見つめるばかり。


 青年は一人ではなく、少し離れた場所に複数の人間が彼の挙動を見守るように立っていた。
 特に彼に対して乱暴をしようとはしないけれども、決して友好的とは言えない目で青年を見ている。彼にとっては、その視線は今浴びている月光と同じ。
 ── 相容れないモノ。
 やがて痺れを切らしたのか、その中の一人がついに沈黙を破った。
 曰く──。

『そんなにも月が恋しいならば、お前に丁度よい役目がある』

 青年はそれに対して何の反応も返さなかったが、彼等にはどうでもよい事だった。
 彼が頷こうと、頷くまいと。もはやそれは決定事項と同義だったのだから。
 彼等はそうして彼に告げる。

『お前の命を、生涯最も高貴なる方に捧げるがよい』

 それは聞きようによっては祝福にも聞こえたし、また呪詛のようでもあった。
 これでもう、彼は自分の意志で死ぬ事を禁じられたのだ。その命が絶える時まで、生き続けなければならない。
 唯一、彼の主たる存在が、その死を赦すその時まで。


 ……青年は、ただ黙って空を見上げるばかりだった──。

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