Ending : Whisper of the Moonlight

 見上げた空には、満天の星。
 そして惜しげもなく銀色の光を地上に注ぐ、月。
 それを仰いで、彼は祈りを捧げる。月へと昇った、彼の「翼ある者」の為に。
「きれーい! つき、きれいね!!」
 かつてと同じように、幼い少女が空を見上げて歓声をあげる。
 その背には小さな翼。
「あそこにいるの?」
 ちょっとだけ秘密めいた表情と口調で、年の割にませた少女が彼に尋ねる。
「…ええ、あそこにいるんですよ」
 彼は微笑み、そして頷く。
 思い出すのは、数年前に彼の前から飛び去ってしまった翼の幻影。
 数あるエフェ=メンタールの中、唯一《片翼》を定めなかった者。
 ある人は彼女を出来損ないだと噂し、ある人は特定の者を定める事が出来なかった博愛の者だと評した。
 そのどれもが間違いで、真実でない事を彼と── 彼女の後を追って月へと昇るであろう、新たな彼の主だけが知っている。
 不思議な事にこの幼い翼には、彼に降り注ぐ祈りの声が聞こえるのだという。
 そんな事は未だ嘗てなかった事だ。たとえエフェ=メンタールの《片翼》に選ばれた者でも、祈りの力こそは体感出来ても、そこに言葉や意味を見出す事はなかったと伝えられているからだ。
 幼い翼はそれを知って、彼に言ったものだ。

『でぃのこと、すごーくだいすきなんだね!』

 彼女が月へと昇ってから、変わり始めている事がもう一つある。
 彼のようなアジェ=メンタールへの一方的な差別の目が、少しずつ改善されつつあるのだ。
 もちろんその全てがそうではないけれど、彼のように犯した罪を悔い、自らそれを背負う者に対して周囲の目は同情的なものへと変化している。
 遠い未来では、罪人に対しての意識自体が見直されるかもしれない。
 彼が犯した罪は消える事はないけれど、それによって受けた傷は確かに癒されていた。
「つきにいったら、あえるかな?」
 どうやら声が聞こえるせいか、彼女の事を姉か何かのように感じているらしく、幼い翼はそんな事を言う。
 やがてこの翼も、己の《片翼》を探す日が来るのだと思うと何だか不思議な感じがした。
「会ってどうなさるんですか?」
 無邪気な少女を微笑ましく思いながら尋ねると、少女は少し考えてから彼に耳を貸すような仕草をした。
 屈んで少女の視線の高さに合わせると、やがて耳元で少女が囁く。
「あったらね、でぃのところにこえがとどいてたよーっておしえてあげるの」
「…どんな声が?」
「ふふ…しりたい??」
 そう言えばどんな声が聞こえるのか、具体的には聞いた事がなかった事に気付いて問うと、少女はちょっと威張った口調で聞き返してくる。
 おそらく本当は言いたくてしょうがないのだろう。その辺りは表情と口調でよくわかったけれど、彼はあえて『お願いします』と口にした。
「あのねえ、……」
 やがて耳にした言葉に、彼は軽く目を見開き、そしてまた天上に輝く月に目を向けた。
 月から降り注ぐ月光は、そこに眠る翼の祈りの具現とも言う。地上に生きる彼等の《片翼》の幸福を祈り、夢を紡ぐ翼達の夢の──。

 ── アナタヲ・アイシテル……

 その光を浴びながら、青年と少女はしばらく黙って月を見上げていた。
 光は祈りとなって、祈りは言葉となって。やがて大地へと辿り着く。その祈りは汚れた大地を清め、傷付いた人々を癒すのだ。


 彼等は「翼を持つ者」── エフェ=メンタール。
 月に抱かれ、夢に住む、世界を守護する高貴なる存在──。

〜終〜

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After Writing

これは友人・桐賀姉妹のサイト「月の翼」の一周年記念に(一方的に・笑)差し上げたものです。

それはさておき、この話はタイトルからもわかるように、献上先のサイト名「月の翼」をモチーフにしたものとなっています。
5000Hitの時には妹さんの好みを狙ったので、今回は姉さんの好み、すなわち「シリアス」「悲恋(テイスト)」「状況・心理描写を細かく」を目指しましたが…いかがだったでしょうか(^-^;)

私、個人としては普段とは違った書き方が出来てとても楽しく書く事が出来ました。
…何しろ、本篇部分は正味数日で完成しましたからねー。
いかにはまって書いたかがわかろうと言うものです(笑)
いつもこうならいいんですけど(^▽^;)

なお、今回自分の所に公開するにあたって、書いている最中に削ったエピソードの内、二つを付け加えました。
冒頭と、外伝に回した『Wing of Sinner』です。
…本当はまだまだあるんですよー(−−。)
でも、そこまでやってしまうと中篇のレベルに本当になってしまうので(汗)
こういうサイドストーリーがあったのだ、と思っていただけると嬉しく思いますv

という事で、この物語を桐賀姉妹に捧げますv