彼に手を引かれながら、彼女は背後で鳴った水音に想いを馳せる。
(── さよなら、『わたし』)
心の中で別離を告げる。
あれはきっと、もう一人の自分が立てた音。ここへと置いていく、水鱗族としての自分が立てた音。
これから自分は水のない世界に生きる。
たとえここに戻ってきたとしても、もう二度とあの水の世界には入れない。
…けれど、きっと。
(…わたしは、いつか還るわ)
死んで、魂だけの存在になって。
愛する人を失えば、自分は人として存在できない。それが掟だから。
── だから……。
自分の手を握る、最愛の人の手を握り返す。自分が決めた、運命の手を。
この手が失われる時が、自分の命の終わり。
「…さよなら」
誰にも聞こえない程の声で呟く。
それが聞こえたわけではないだろうけれど、彼がふと彼女に目を向けた。その瞳に不安そうな色を見つけて、彼女は微笑んだ。
不安など感じる必要はないのだと、目で訴えて。
そして、彼女は『人』になる。
── これは誰も知る事のない、幸せを見つけた『人魚姫』の物語……。
〜終〜
After Writing
友人・桐賀姉妹のサイト「月の翼」の5000HIT祝いに差し上げた、イラストのオマケで書いたものです(笑)
タイトルは「みなものうつつ」と読みます。
これは基本的にタイトルとかネーミングに悩む私にしては珍しく、さくっと決まったタイトルです。
このタイトルは「水面に映ったもののように、まるでそこにあるようなのに実際には手で触れると消えてしまうような儚いもの」というイメージでつけました。
何時もこの位ぴしっとタイトル決まると苦労しないんですが(^-^;)
この話に出てくる『水鱗族』という固有名詞は昔、「人魚姫」をモチーフに話を考えた時に生まれたものです(多分・爆)
高校の頃、一時期アンチ昔話というか、昔話とか神話(?)をモチーフに舞台を弄ったり設定を変えたりして話を考えていたのです。
イメージに合うので何となく持ってきてしまいました(笑)