子猫のワルツ〜その後〜
あたしの名前はケイト。
ぴっちぴちの女の子…でした。
でした、って過去形使うのはちょっと変かな? 別におばさんになった訳ではないんだし。
「ケイト? どうしたんだ、鏡なんか見て」
呆れたように、ハザマが言う。
ハザマはあたしの大好きな人。ひとりぼっちになったあたしを拾って、名前をつけて、育ててくれた。
相変らず無愛想で、滅多に笑顔なんて見せてくれないし、かなり鈍感。あたしの気持ちなんてわかろうともしてくれない。
「今更めかし込んでも一緒だろう?」
むかっ!
いくらなんでもその言い方ってある?
そりゃ、向こうは本当に子供だった頃からあたしを見てるし、毎日顔を合わせているから、ちょっとオシャレした所で気付かないって事もあるのかも…しれないけどね。
…でも惚れた弱みか、怒りは持続しない。
何時だって、あたしが折れる。白旗掲げて、ハザマを許してしまう。
だって、ハザマはどうか知らないけれど、あたしには物心ついた時からハザマしかいなかったんだもん。
── 少し前、ハザマからも言われた。
あたしは庇護してくれる誰かが欲しいだけだろうって。
違うのに。
多分、拾ってくれたのがハザマじゃなかったら、きっと違う展開になっていたと思うよ。断言できる。
その時もそう言ったっけ。
あの時は本当に、死ぬ程泣いた。泣きながら訴えた。
たとえ── ハザマとあたしの生きる世界が違うのだとしても、あたしはハザマ以外を好きにはならない。
恩を感じて、とか、守ってくれる何がが欲しくて、ハザマと一緒にいるわけじゃない。
── その時のハザマのうろたえ方は、多分一生忘れないと思う。
「おい、ケイト……」
うんざりしたようにハザマが急かす。
いいじゃない、もうちょっとくらい。少しでも綺麗になりたいよ。
だって、今日は特別な日だもの。
「…置いていくぞ」
「待った! 出来た、出来たからっ!!」
すでに玄関に移動したらしいハザマのぼそりとした言葉に、慌てて答える。
ハザマには冗談も言い訳も通じない。本気で置いていくと言われてしまったら、どんなに泣き落とししても置いていかれるに違いない。
本当に冗談じゃない! 今日は…今日は初めてハザマとデートするのにっ!!!
── あたしが泣いて訴えたその日。
ハザマはあたしに、大きな秘密を教えてくれた。
ハザマもあたしと同じ…人間じゃないんだって事。
あたしは人間と猫の姿を持つ生き物。本当の所の呼び名はよくわからないけれど、少なくとも普通の人間じゃない。
ずっと…ハザマは人間で、この好きな気持ちは実を結ぶ事はないだろうって、心ひそかに思っていたけれど。
でも、違った。
ハザマが本来(猫の方が元々の姿にあたるらしい)の姿になった事はないけれど、ハザマはあたしと同類。
それだけでも、どんなに嬉しかったか。
だから今は猛アタック中。ハザマは本当に鈍感なのか、それともわかっていてはぐらかしているのか、まともに取り合ってくれないけど。
でも、あたしがうまく人間の姿になれるようになったら、一緒に出かけてくれるって言ってくれた。
それまで、あたしはずっとハザマの部屋からほとんど出た事なかったから。
今日はその記念すべき初デートの日なのだ。
…向こうはそうは思ってないだろうけど。そのくらいの夢は見てもバチは当たらないよ、ね?
ハザマが買ってきてくれたワンピースを着て、ハザマの待つ玄関へと急ぐ。
ハザマはやっと来たかと言わんばかりの表情であたしを見てる。
「遅い」
「ごめんなさい! ね、ねえ、変じゃ、ない……?」
人間の服の着方は初めはよくわかんなくて、ハザマにさんざんばかにされた記憶が甦る。
だって…ファスナー、だっけ? あれ背中にあるんだよ!? どうして見えないのに締める事が出来るのか、あたしには不思議でしょうがない。
人間って…背中に目でもあるのか? とも思ったくらい。
今日のこの日の為に、あたしはいろんなテレビとか雑誌を見て着方を勉強したんだ。昼間はハザマは仕事でいないから、練習する時間だけはたっぷりあったし。
だから…多分、大丈夫。そうは思うんだけど……。
ハザマはじっとあたしを何の感慨もなさそうに見つめた。
「…やっぱり、なんか変なのか、な……?」
黙りこまれると余計に悪い方へと考えてしまう。せめて一言、言ってくれればいいのに。
すると。
「いや。…似合ってる」
…………!?
「え、い、今…何て!?」
噛み付くように問い返すと、ハザマは心底うんざりした顔でもう一度言ってくれた。
「似合ってる。…ほら、行くぞ」
「う、うんっ」
ハザマの普段の言動にしてみたら、最上級の部類に入る褒め言葉を貰って、一気にあたしの気分は急上昇する。
まだまだ子供扱いだけど、今に見てろ! きっとハザマがびっくりするくらいの、美人になってやるんだから!!
あたしの名前はケイト。
この間まではぴっちぴちの女の子。
そして今は…恋する乙女♪〜終〜
After Writing
これはトレカSS第一段として書いた話です。
実は、ここまで甘々スウィートな話をまともに書いたのは「子猫のワルツ」が初めてでした。
でもその話で、女の子一人称ってのも悪くないなーと思い始めました。
それまでは女の子一人称の小説自体、どこか苦手だったのですが、読む分にも抵抗がなくなったというか。
…まあ、他の話に比べるとかなり毛色が異なりますが、ここまで幸せモードでも楽しんで書けたのは多分主人公・ケイトのパワーかもしれないなあ、などと(^−^;)
でもって、この話はその後日談。
ケイトが自分の事をいくらかなりと理解した辺りの物語です。
この後、何事もなく平和にゴールインしちゃうのかはわかりませんが、この二人はずっとこの調子なんじゃないかなー(笑)