海王記(14)





「で、どうなってるんだ?」
 キンケイドの声でニミッツは我に返った。
「『ミズーリ』がやられてる……あの様子だとパイ長官はだめだな」
「そうか……こっちは『オハイオ』を見つけたよ。キンメル長官は戦死したそうだ」
「つまり……」
「そうだ、ウィリス」
 キンケイドはあくまで冷静な声で言った。
「ほんらいなら指揮権継承の第三位は俺なんだが、あいにくとこっちは手元の戦力が壊
滅状態だ。今太平洋艦隊をまとめられるのはおまえさんだけなんだよ」



 合衆国艦隊の戦術運動が統制のとれた後退に移行した様子は、旗艦「白根」の艦橋か
らもはっきりと確認できた。
(奴ら、よく訓練されているな)
 高須中将は、そう口に出すかわりに低く唸った。
「長官、追撃しましょう!」
 参謀長は詰め寄らんばかりに意気込んでいたが、事態を冷静に認識していた幕僚の何
人かは、それが事実上不可能であることがわかっていた。数時間にわたる乱戦で、投入
された艦艇のほぼ全てが多かれ少なかれ損傷を受けている。また、艦位を失って孤立し
ている艦も多い。一度隊形を立てなおしてからでなければ、統制の取れない追撃は大き
な損害をもたらすだけだった。



「やれやれ、こりゃまたこっぴどくやられたもんだ」
 現状におけるTF1の最先任指揮官となったキンケイドは、集結した手元の戦力を見
て顔を顰めた。中核をなしていた戦艦群は、ほぼ戦闘力半減と表してもあながち間違い
でないほどの損害を受けていた。
 艦隊総旗艦である「オハイオ」をはじめとする第一戦艦群は、特に損害が大きい。4
隻のうちまともに戦闘力が残っているのは「ルイジアナ」くらいのもので、ほかの3隻
はどこからどう見ても立派に大破と判定すべき有り様だった。
 キンケイドが直率する第二戦艦群も、状況は似たようなものだ。かつてメジャー・
フォーティの中でも日本の高千穂級と並んで最強を謳われたサウスダコタ級の勇姿は見
る影もなく、定数6隻の艦列からは「サウスダコタ」「インディアナ」「モンタナ」の
3隻が欠けている。
 そして一番状況がひどいのは、第三戦艦群だ。メリーランド級の4隻とも、扶桑級戦
艦との殴り合いによって30発以上の36センチ砲弾を叩き込まれ、原型が判別できな
いほど上構を破壊されている。一見したキンケイドがすぐにそれと判らなかったほどの
有り様だった。
「後詰に投入できそうな艦はどれだけ残ってるんだ?」
「今のところ、『ルイジアナ』『マサチューセッツ』『ノースカロライナ』『アイオワ』
の4隻がほぼ無傷で残っています。あとは『オハイオ』『メイン』『ワシントン』『ウェ
ストバージニア』も使えないことはないでしょう。それ以外は厳しいですね」
 TF1で沈没した戦艦は、これまでのところ「モンタナ」のみだった。だが、戦闘力
を失った艦は多い。
「まぁ半分以上のこってるんだから恩の字か」
 キンケイドは腹を括った。
 ──あれ。そういえば、さっきまでそこにいた「サウスダコタ」はどこに消えたんだ
ろう。

「損害状況はどうなっている?」
 ニミッツが一番確認したいのはそれだった。
 TF2は、この乱戦の中でもっとも激しく叩かれていた。隊列も完全に分断され、第
二巡洋戦艦群など個艦単位にまで細分化されてしまっている。だが、意外と健在な艦は
多かった。
「これまでのところ、判明しただけで『ホーネット』『コンスティチューション』『レ
キシントン』『レンジャー』を喪失しています。ほかに『サムター』が航行困難な状態
にまで叩かれていますね。あとの艦はほぼ健在です。『ミズーリ』が多少厳しいですが、
砲撃力には問題ありません」
 参謀長がレポートを上げてきた。
(よし)
 ニミッツは自信を深めた。これならまだ戦える。確かに日本戦艦の一部が装備してい
る46センチ砲は恐ろしい武器だが、まったく歯が立たないわけではない。
「TF1、TF2、それぞれ単縦陣を再編成だ。態勢を立て直した後で、日本艦隊に再
戦を挑むぞ!」



「右砲戦。目標、前方のサウスダコタ級戦艦」
 もっとも損害が軽微だったことから殿に立っていた第二戦隊の目の前に現れたのは、
「常陸」の砲撃により舵を破壊されて右旋回から離脱できなくなった「サウスダコタ」
だ。中央部で発生した大火災によって艦内各所で電路が焼け落ち、前甲板の主砲塔が旋
回不能に陥っている。しかし、後甲板では主砲塔が生きていた。上構後部のケースメイ
ト副砲までが、狙いを定めようと蠢いている。
「介錯してやれ。撃ち方はじめ!」
 高須長官の号令が飛び、「白根」「石鎚」「八溝」合わせて10門の46センチ砲が
火を噴いた。射距離18000メートル。「サウスダコタ」も応射するが、射撃指揮所
を失った状態ではまともな狙いもつけられず、40センチ砲弾は明後日の方角に飛んで
いく。この日二度目の46センチ砲弾による洗礼を受けた「サウスダコタ」は、数回の
斉射で完全に息の根を止められた。炎の中で発砲を続けていた主砲塔は前楯を貫通され
てバーベットから転がり落ち、司令塔への命中弾が艦首脳部を抹殺した。さらに舷側水
線部への命中によって「サウスダコタ」の左舷側には新たに1500トンの浸水が発生。
重量級のハードパンチを散々食らってダメージの蓄積した彼女に、これに耐久する力は
残っていなかった。要所要所に大穴を貫通された隔壁を乗りこえて、怒涛のように海水
が艦内区画を席巻していく。本来機能するべき水密区画がその用をなしていないことに
ダメコン・チームが気付くよりも早く、「サウスダコタ」の浸水量は致命的な一線をこ
えた。さらに機械室が水没して発電機が完全に停止。直ちに非常用電源への切り替えが
行われたが、直後にその電源が直撃弾で粉砕された。




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