essay

木化け

清里高原の森の中で、ここ10年以上続いているエコロジーキャンプ(注1)に参加した時のこと。

レンジャー(注2)のひとりが、「今日はこれからきばけをやります。」  聞いていた参加者一同「?!」  きばけ、という聞きなれない言葉。続くレンジャーの説明にもいまひとつピンとこない感じ。簡単に言うと森の中に立っている木に化けることらしい。つまり、動いてはいけない。

そういえば以前、春になりかけの森の小径を歩いていた時、向こうから小鳥の群れが来る気配。私は思わず立ち止まり様子をうかがっていた。すると驚いたことに人間であるはずの私を何と思ったのかはいざ知らず、その中の2・3羽が、ほんのひと時であったが、私のまわりをたわむれるように飛び交って去っていったことがあったっけ。ああいうことかなと、漠然とした気持ちのまま、皆で森の中に入り、思い思いの場所へ散っていく。

木化けは許される限り長い時間をかければかけるほど、その効果(?)の程があらわれるため、何も無理に木の姿に似せて化ける必要はない。なるべく自分にとって疲れない、それこそ自然な姿勢で森の中にたたずむこと。寝っころがって空をあおぎながら、いつのまにか心地よく眠りにおち入れれば最高。

そうしているといったい何が見えてくるのか。今までうるさかった人間のおしゃべりにかわって、森の生き物たちの鳴き声、動く気配、風のざわめき、木々のきしむ音、等々。はじめは遠く感じられていたものが、自分が木化けして自然の中の動かぬ物体となった途端に、急に身近にせまってくる。と同時に、自分の存在が消えていくようでもある。それにしてもどうしてこんなに心地よく違和感なく自分のことを包み込んでくれるのかと、いつも自然をいためつけてばかりいる人間としては、少々うしろめたさを感じないでもないが。

とにかくこの木化けは、なんといっても、一度体験してみなければ本当のところはなかなかわかってもらえないと思う。ただし、生きている森の中でなければだめ。是非一度、おためしあれ!

1;清里のKEEP協会が主催の、自然との関わりかたをエコロジカルな視点から探る、宿泊型環境教育プログラム

注2;人と自然(フィールド)との橋渡し役で、この場合、プログラムの企画から運営までの全てを行う人

                                    
『おひさまおねがいチチンプイ』より
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