essay
樹とともに −豊かなたたずまい−

 表通りに面した、とある古い建物の解体が始まった。こう言っては失礼かもしれないが、平屋建ての増改築を重ねてかなりの年月住み込んできたような、今時壊されても仕様が無いかな、と思われる物であった。取り壊しが始まって、2日目の夕方、建物の姿はすっかり消えてしまったものの、意外な事に、その敷地には、今まで通りからは見えなかったところに数本の中低木が育っていて、仕事を終えたばかりの職人さんたちに、緑豊かな木陰を提供していた。
 どちらが先にその地に根を下ろしたのかはいざ知らず、何年もの間共存していた建物を亡くし、気のせいか、心ともなく寂しげにたちすくんでいるかのようだった。今度はどんな建物と暮らす事になるか、仕事柄というわけではないが、多いに気になるところであった。
 そんな心配もつかの間、私にとっては信じられない事に、ある朝その敷地は、本当に何も無い更地に変わり果てていたのである。空虚とはこのためにある言葉では、とおもえるほど、がらんと生気の無い土地がひろがっていた。
 たったあれだけの樹木のために、と自分自身でもびっくりするほどの虚しい空間なのである。色々な事情で残したくても残せない場合は多々有るが、せめてもの願いは、新しい建物ができるときに、また新たな緑を添わせて欲しいということだ。


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