「おでんの汁ください」
「え?」
時間は夜の10時過ぎ。
一見学生風に見えるその男は・・・やっぱりどこからどう見ても学生だった。(^^;)
見たところ歳は14、5歳。どうやら近くの塾に通っている中学生らしい。
店に入るなりおでんの前に歩いてきたその少年は、少しだけ真剣な眼差しで私の目を見ると咄嗟(とっさ)にそう言い放った。
「汁?」
「はい。汁です。」
私は一瞬自分の耳を疑い。再び少年にその疑問をぶつける。
「汁・・・だけ?」
「はい。」
そう、彼は真剣だった。
な、なんて事だ!この純真な心を持った少年の目には、おでんのメニュー表の中に「たまご」や「ちくわ」と並んで「おでん汁」の文字が燦々(さんさん)と輝いているのだ。
そう、それはまるで某ハンバーガーショップの「スマイル 0円」のように・・・。
しかしながら、いつの世も少年の純粋な思いは、往々にして大人達の作った「常識」という社会のルールによって踏みにじられるものだ。
私はこの少年の勇気に敬意を表しつつも、若さと勇気という武器だけではどうにも打ち砕くことの出来ない社会の厳しさを教えるべく、歯を食いしばりながらも彼にこう伝えた。
「いや、おでんの汁も一応商品だからね〜。ちょっとあげるわけにはいかないなぁ。」
私にも立場というものがある。分かってくれ!
そんな私の心を知ってか知らずか、なおも少年は食い下がってきた。
「お金払いますから。」
この少年にとって、おでんの汁とはそうまでしても手に入れたいものなのか。
このとき、不覚にも私の目頭に熱いものがこみ上げてきた。(うそです)
昨今おでんを買いながらも「あ、汁いらないよ」という人や、おでんを食した後に汁を捨てる人が増える中、それを代価を支払ってでも手に入れたいというのだ。なんと感動的な少年だろう。
感動。そう、それは正に心を動かされた私を表現するのに、最もふさわしい言葉である。
私は自らの狭量を恥じ、少しだけ微笑むとおでんの容器を左手に、そして右手にお玉を持った。
そう言ったときのその少年の嬉しそうな顔を、私はきっと・・・忘れることはないだろう。