-BEAUTIFUL- 光 |
レコーディングで暫くまた日本にいられないから、明日一旦自宅に帰るよ、と。 もはやすっかり日常になってる2人での夕食の時に言われたのは、昨夜のこと。 「うん」 とだけ、返事した。 「エマ、寂しい?」 最近よく、そんなふうに吉井はふざける。 「何を言ってんだか」 俺は笑い返しながら、ジャガイモの茹でたのに箸を突き刺した。 近所のコンビニに買い物に行って、近くの公園に寄り道。 ベンチに座って、買ったばかりの缶コーヒーを開ける。 寂しくはないけれど。 正確に言うと―――――・・・つまんない。 ここんとこ、殆ど毎日一緒にご飯食べてたからかな。 一人暮らしにも慣れてきて、同時進行で外食に飽きてきた時期だったから、最近いつも冷蔵庫の中は充実してて、今日だって本当は残ってる野菜とか鶏肉とか、なんとかしたほうがいいんだけど、そういう気分にならない。 朝イチからスタジオに入ってたから、夕方にはキリをつけて帰ってきたのに、なかなか部屋に入る気がしない。 その理由は、単につまんないからだ。 と、思う。 手をかざして、公園の梢の隙間から太陽を覗いた。 まだ日差しが強い。 今年はなかなか秋が来ないな。 吉井が帰ってくるのは、イベントライブの直前だから・・・3週間ほど先か。 ―――ん? 帰ってくるって何だよ。 違う、違う。 こっちに来るのは、だ。 今が帰ってるんだよ。忘れてた。 少し笑ってしまった。 なんだか吉井がいつも隣にいるのが当たり前になってた。 まぁ、いっか。 どっちにせよ、その頃にはもっと秋らしくなってるかな。 その頃にはもうちょっと納得できる音になってるかな。 ホント、俺は一体何に躓いてるんだろう? 夏のツアー中に出てきたんだ。この変な壁は。 ほんの少し向こうに、俺が出したい音を感じるのに、それにどうしても届かない。 技術じゃないんだよ。 そんなものは、ちゃんと持ってる。 そりゃ、バーニーさん、すげぇ!って思うこともあるけど、俺だって悪いけどテクあるほうだと思うし。 でもさ。 なんつーのか、あの余裕ね。 ネギさんもバーニーさんも、口ではヒーヒー言いながらも余裕持ってプレイしてた。一番若いあっくんにも余裕を感じた。 吉井は・・・。 うん。 余裕は無いんだけど、違うんだよ。 なんか俺が長年知ってる吉井と違う。 相変わらず無駄なもんまで背負ってるんだけど、その背負い方に違いがあるっていうか。 昔は、俺らメンバーのことまで全部背負っちゃってて、どんなに苦しそうでも「いいから任せとけ」みたいな感じだったんだけど、今はなんか・・・ 「一纏めにして一旦背負うから、重そうに見えたら手を出してね」 って言ってるみたいな感じ? まぁ、言ってて全然誰にも触らせてないんだけどさ。 っていうか、誰もそんなに吉井を重たがらせないし。 そもそも吉井も余分な荷物までは要求しない。 それぞれが、自分の荷物は自分で持ってるっていうようなメンバーだったんだよね。 それが、サポートっていう立場なのかな。 フロントを中心に据えた、未来を共有してるバンドメンバーとは違う。 どうもその中で、俺だけが吉井に余分な荷物も持たせてるような気がするんだよ。 スキルや立場じゃない、なんかもっとウェットな部分で。 だからそこを打破したいのに、突破口が見つからない。 実際、スポーツ推薦で入学した高校生くらいの勢いで練習してるから、自分でも面白いほどテクがどんどん上がってくのは判るのに。 ともすれば、「吉井も歯痒いだろうなぁ」って思い至って情けなくなる。 はー・・・。 ちょっと溜息。 どうも最近、なんか弱気だな。 「どうしたの?」 ぼけっとしてたら、不意に背後から声を掛けられて飛び上がった。 「・・・・・吉井!?」 振り返って、そこに居たのは、今日は来るはずがない男だった。 俺の仕草がよっぽど可笑しかったのか、大笑いしながら吉井が背もたれの無いベンチの反対側に座った。 かなり動揺して、俺はまるで拗ねたような口調になってしまう。 「今日はあっちに帰るんじゃなかったっけ?」 「帰るよ。まぁ、でもそれは夜だし」 「もう出ないと相当遅くなっちゃうんじゃないの?」 「大丈夫だって。いや、スタジオ行ったら、もう帰ったって聞いてさ」 「ん?なんか用事だった?」 当然の疑問を口にしたら、吉井はなんだか困ったみたいに笑って 「おなかすいた」 と言った。 「あのさ、俺はお前のメシ係じゃないよ」 「あら。そういうことは毎日ご飯作ってから言ってもらえます?交代じゃないの」 「だからそういう係じゃないってば」 くだらないことを言い交わしてるとちょっと気分が軽くなる。 でも。 「今日はないよ。コレだけだもん」 さっき買ってきた買い物袋を振ったら、もう当然の権利のように吉井が中身を取り出した。 「パンだけ?」 「うん。めんどいし」 「ま、いっかぁ」 「・・・って、俺の晩メシだってば!」 勝手に開けてるし。 ・・・つか、もう齧ってるし。 「コロッケパンって、懐かしい味覚」 「・・・お前、今度奢れよ」 「はいはい。あとでまた自分の買いに行きなさいね」 「酷いヤツ」 「ははっ」 楽しそうに(俺の)パンを食べてる吉井を見てるうちに、すっと肩の力が抜けてく。 今ならまだ間に合う。 まだ、隣にいられる。 吉井はまだ俺に絶望してない。 何かを言われたわけでも、何かが解決したわけでもないのに、存在だけで気持ちが満たされてく。 あんなにずっと一緒にいたのに、こんなこと考えたこともなかった。 ぬるくなった缶コーヒーを飲み干して、そのままぺたっと吉井の背中に凭れた。 「・・・・・・・エマ?」 「ちょっと・・・休憩」 コロッケパンを食べつくした吉井は、そのまま長いこと俺に背中を貸してくれた。 蝉の声がもうしない公園の夕暮れ。 時間が止まったみたいに、穏やかな光だけが俺たちを包んでる。 寒くない。 暑くない。 あったかい。 どうせ、知ってたんだよね。 俺が落ち込んでること。 改めて言わないけどさ。 吉井。 来てくれてありがとう・・・・な。 end |
107.闇に続く |