-BEAUTIFUL- 闇 |
夜明けがそこに。 飛行機の小さな窓から見える夜明けが、すぐそこにある。 闇の中に徐々に浮かぶ、微弱な光が輝きを増し行く様。 それはなんだか荘厳で、俺はそれを下ろしたロールスクリーンの隙間から覗くのが好きだ。 帰ったらまたすぐに忙しい日々に戻る。 まずは録ってきたばかりのシングルの仕上げと、イベントライブの準備。 これは完全に同時進行。 遊ぶなんてもってのほか。スタジオと部屋の往復くらいしかできない。 こんな日常は久しぶり。 だけど。 ああ、もうすぐ帰れる。 ここ2週間ちょい、暇なんて殆どなかったけど、寝る前の一瞬とか、メシ食ったりしてる途中とかで、ふと脳裏を掠めることは、たった一つ。 今頃何してるかな、とか。 ちゃんと眠ってるかな、とか。 心の中で、固有名詞を口にすることはない。 だけど面影はすっかり定着してる。 ――――・・・心配しすぎかな・・・。 いや、自分でもそう思う。 子供じゃないんだから、全然平気だよって判ってる。 ましてや、エマが女の子で、俺の彼女とかそういう存在ならともかく、謂れもないのにここまで心配されてることを知ったら、逆に怒るだろう。 「お前、俺を何だと思ってんの?」 精一杯エラそうに、嫌そうな声を出すエマの顔は、簡単に想像できて可笑しい。 でも本当ならそう言って見下したいだろうに、残念ながら彼は俺よりも頭半分小さいから、上目遣いに睨むことしかできないんだよ。 もう、3週間以上会ってないのか。 休止してる間は平気で半年とか会ってなかったのに、こういう感慨は変だけど、どうも最近は隣にエマがいないと、片手落ちな感覚が拭えない。 そろそろ、あの苦しみからは抜けてるといいな。 いや、それにはまだ早いか。 でも案外、俺がいなかったから、スコンと抜けてる可能性もある。 実際、ちょっと俺の所為だと思うんだよね。 ホント、俺の我侭。 エマには一番苦しい思いをさせてるのかもしれない。 テクだけで勝負できるサポートっていう立場なら、はっきり言って全然イケると思う。お釣りがくるよ。 逆に、もしも正式メンバーだったら、エマは俺に言いたいことを言える。 「こうはしたくない」「この曲はこう弾きたい」「フレーズを変えたい」。 それらは、イエローモンキー時代は当然のように口にしていたし、それ自体がエマの仕事でもあった。 だけど今は、あくまでも俺に合わせなきゃいけない。 なのに客はエマにあくまでも「EMMA」を求めてくる。それにも応えなきゃいけない。 しかも他のサポートメンバーを立てなきゃいけない。 だからこそ、エマは絶対に俺が促すまで、頑固にステージ前面に出てくることはなかった。 そういう意味では、夏のツアーは俺以上にエマがしんどかったと思う。 ああ、だけど。 俺は見てしまったんだ、再び。 俺に手を引かれて、フロントに連れて行かれてソロを弾くエマが、本当に嬉しそうに背中の羽を伸ばすのを。 ツアーの途中で、オーディエンスの望みを察した俺が始めたちょっとしたサービスだったんだけど、後半はむしろ、俺があれを見たかったから続けたのかもしれない。 これがエマだと。 これこそが、俺の求めた「EMMA」だということを思い出した。 あの瞬間、俺の中に新しい光が宿ったんだな。 エマを、本当の意味で、ギタリストとして飛翔させたい。 だけどさ。 判んないんだよ。 どうしたらいいのか。 俺もエマもそれが判んない。 答えはすぐそこにあると思うのに。 考え続けてるうちに、脳味噌全部エマにベクトル向かっちゃったのかな。 もうホント、ここんとこエマのことしか考えてないかもしれない。 出発直前、なんだかどうしても顔が見たくなってエマんちの近所まで行った。 公園で秋の気配の光を浴びて、ぼんやり座ってるエマの横顔は、昔に比べてちょっと老けていた。 はは、仕方ない。 だって俺も老けたもん。 お互い、もういい年だし。 だけど・・・なんていうか。 昔より綺麗だったんだよな。 笑顔に騙されるなんて形容されてたエマが、あんな純粋な瞳をしていたなんて、なんで今まで知らなかったんだろう? いや、知ってたのかな。 だけど俺もそれを認められるほど、純粋じゃなかったんだね。 いろんな毒が抜けてく。 大事なものを失って、余計な鎧が剥がれ落ちて、光も闇も直接肉眼で感じるようになると、こんなにも無駄な毒が抜けていくんだと、最近知った。 必要な毒と、いらない毒と。 その選択を間違えるヤツは非常に多い。 一見、逆に見えるからね。 でも、必要な毒だけを残しておく術は、俺はきちんと知っている。 エマもまた。 そういう人だと思う。 だからこそ、あの横顔は純粋で綺麗だったんだ。 もうすぐ、あの隣に帰る。 その感覚に、既に違和感を覚えていないことを、正確には俺はまだ自覚していなかった。 だけど。 朝日が窓の外で、鮮やかに闇を切り裂いていく。 その様は、まるで内包している無自覚な何かの予兆に見えて、俺は見蕩れると共に、一瞬だけふと怯えた。 end |
108.誰?に続く。 |